爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「佐々木敏の栄養データはこう読む!」佐々木敏著

医学の疫学的なアプローチについては津田敏秀さんの本も数冊読んでおり、臨床と基礎実験のはざまでなかなかその重要性が理解されないという現状について津田さんは嘆いているようですが、この佐々木さんはそれよりさらに困難?な「栄養疫学」を推進されています。
しかしその栄養疫学の最新知見を一般向けに書かれた本が出たということを何度も引用しているFCOOM.NETで見かけ、さっそく購入してみることとしました。書籍購入はなんと1年ぶりのことです。ほぼすべての読書は市立図書館から借りだして読んでいますが、最新の本を読むというのは難しいので思い切って買ってみました。

本書の題名や装丁はかなり一般向けを意識した作りになっているようですが、内容はそこまで簡単なものとは思えません。私自身は理系出身で仕事でもずっと学界に関係することをしていましたので、慣れもありさほど難しいものではありませんでしたが、広範囲な実験研究の成果を引用しておりそれも生データを最小限の加工をした程度のグラフで提示されているものが多く、また化学構造や反応方程式などが詳しい解説のないまま示されているので、一般にはややとっつきにくいものになってしまっているようです。

著者は栄養疫学を進めるにあたり、EBN(evidence-based nutrition)(根拠に基づく栄養学)を基礎としています。EBM(根拠に基づく医学)と同様の概念ですが、EBMよりさらに社会の認知度は低いようです。しかし、本書に説かれているように、「EBNにしたがえば、”驚異のダイエット法”も”魔法の食べ物”も残念ながらその存在は望み薄である」ということになります。
現在の食品を巡る社会の動きはEBNとは正反対の思い込みだけの宣伝が世を席巻しているといってよい状況です。このよな中で本書をできるだけ多くの人が読むことが大切であると感じます。

栄養に関する話題としては広い範囲にわたったところから題材をとり、それぞれに最新の研究成果の引用を付けて解説されています。
第1章 あぶらと脂質異常症の関係、コレステロールに関するもの、トランス脂肪酸について、中性脂肪を上げない食べ方。
第2章 食塩と高血圧 生活習慣病対策として、減塩の必要性、食塩の役割、日本人のカリウム摂取の特徴など。
第3章 肥満問題 人は食べたものをすぐ忘れる、肥満と食べ方の関係、理想的なBMI値とは、
第4章 お酒。なにをどれくらい、どのように飲むか 健康に良いお酒とは、プリン体痛風との関係
第5章 地中海食から糖尿病管理まで 地中海食は和食より健康的か、低炭水化物食の真実、糖尿病と食物繊維、高たんぱく食の糖尿病への効果
第6章 栄養健康リテラシーの時代 栄養健康情報と利益相反、栄養健康情報はここでゆがむ

といった内容ですが、なかなかそれぞれの記述も濃いものとなっています。

コレステロールは体内でも生産されるために摂取量だけを抑えても仕方がないという話ですが、1965年にアメリカの生理学者キースがすでに食事の種類による血中コレステロール値の変化を観察しました。それによると食品中のコレステロールと血中コレステロールは相関するが、それだけでなく食品中の飽和脂肪酸量も影響するようです。さらに日本人の栄養調査によればコレステロールの摂取量は1972年を1とした時にそれ以降はどんどんと減っていき、現在は0.7程度しか摂っていないそうです。しかし、摂取飽和脂肪酸量は増え続けておりそちらを考えるべきと言うことです。
なお、コレステロールが高い人には揚げ物は良くないという思いを持つ人が多いようですが、飽和脂肪酸すなわち動物性油脂が問題であって、不飽和脂肪酸が多い植物油を使うことが多い日本では揚げ物を特に避ける必要はなく、お弁当用の惣菜には殺菌がされている揚げ物は適しているとも言っています。

2011年に国連生活習慣病対策のために取るべきアクションを発表しました。その1位はたばこですが、2位には肥満・運動不足・有害飲酒などを抑えて「食塩の過剰摂取」が入ったそうです。日本ではあまりにも食塩の多い食生活に慣らされているために話題にもなりにくいのですが、高血圧の予防という観点からもさらに減塩を進める必要がありそうです。
なお、世界には食塩をほとんど使わない民族もあります。アマゾン上流の原住民でほとんどナトリウム摂取がなく、調味も灰を使うためにカリウム摂取が多いというヤノマモ族という人がいるのですが、彼らには高血圧は全くなく、高年齢になっても血圧は若い時とほぼ同レベルのままだそうです。
日本でも減塩運動は続けられており、栄養調査ではこの50年で14g/日から10g程度に下がったという結果が出ています。しかし、これは食塩だけを見たときのもので、同じ時期にエネルギー摂取量自体もかなり減少しています。平均エネルギー摂取量はこの間16%程度減っており、結局は食塩摂取の減少も食べる量が減っただけではないかということで、薄味を求めた結果ではないようです。
また、通常の栄養調査は食事記録法というアンケートに基づいていますが、これには不正確さが付きまといます。24時間蓄尿という調査があり、これはすべての尿を溜めて分析するという大変な調査なのですが、これを実施した結果によると(サンプル数は少ないですが)食塩摂取量はあまり減っていないということが言えるようです。
なお、カリウムを多く摂取することでナトリウムの害を減らせるのですが、カリウムは食品全般に含まれており、特に野菜には多いようです。日本人は世界では比較的野菜を多く取るのですが、カリウムは洗浄や調理によって溶け出してしまうので、野菜を洗い、さらに煮込んだりする調理の多い日本では食品まで残るカリウムが少なくなってしまうそうです。主食から多く取れれば良いのですが、精製した白米にはあまり含まれていないということで、摂取量が少なくなってしまっています。

肥満度を測るにはBMI値を使うことが多くなりました。(BMIは体重÷身長の二乗)そして健康診断での異常値の一番少ないのがBMI22付近ということで、それが目標値というように誤解されることがあるようです。
しかし、その後の死亡率を調査した研究によると、BMIは22程度よりは24くらいの人が長生きするという結果が出ました。これは特に高齢者の場合に顕著であり、やや太めの方が良いということでしょうか。

最後に著者は栄養に関する情報の問題点にも触れています。ブルーベリーは目に良いという話が広まっていますが、医学論文として出されているものを検索してもそれほど多くの論文は出ていません。その中にも様々なレベルのものがあり、また結果もバラバラです。しかし、それらの中の「効果あり」という結果だけが世の中に広まっていき多くの人がブルーベリーは目に良いという印象を持ってしまっています。
これは情報バイアスというものであり、研究者は効果ありという結果が出た場合には発表することが多い(発表バイアス)、食品を扱っている業者は都合のよい研究結果だけを利用しやすい、さらに世間は「効果あり」という話の方が興味を持たれやすいといった状況で印象が作られていきます。

「おわりに」の項に書かれていますが、「栄養学」は科学なのだろうかと考えざるを得ないそうです。科学の中でも栄養学は「学際科学」「応用科学」と呼ばれる分野のものでありどうしても基礎科学からは一段遅れたものとして見られているようです。しかし、栄養疫学は世界的には非常に質・量ともに向上していっている分野だそうです。一般に広く知識を届けるとともに、研究の発展も期待したいところです。