爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「知って楽しい山岳展望」田代博著

山の楽しみ方には登山をして上から見るというのもありますが、誰にでも簡単にでき、それでいて非常に奥が深い楽しみ方に「山岳展望」というものがあります。
通常の生活の中で家や通勤の途中にちらっと見える山を楽しむというのは、山との距離が国内のどこにいても非常に近いという日本ならではかもしれません。
著者の田代さんはこの山岳展望というものを非常に早い時期から勧める活動をされており、藤本一美さんとともに何冊も本を出版され、「車窓展望の山旅」「展望の山旅」といった本は以前に購入して読ませていただいている本です。
本書はそのような山岳展望というものを初心者にも分かりやすく概要を説明したというものになっています。

私自身も実際の登山をするという機会はほとんどなかったのですが、平地から眺める山と言うのは大好きで、青少年期を暮した湘南からは富士山、丹沢箱根がきれいに眺められるところですし、両親の故郷の長野の伊那谷も中央アルプス南アルプスの眺望がすばらしいところでした。

本書は山岳展望全般の基礎知識として、山の名前の同定(山座同定と言います)の方法から、パソコン・ネットの利用、展望写真の取り方、パノラマ写真の作成方法、そして山岳展望をめぐる話題と言ったものを広く取り上げる入門書と言えるでしょう。
以前は著者や藤本さんの本の図のコピーをもって山を見るという人も多かったそうですが、最近ではパソコンのソフト「カシミール3D」というものを利用する人が多いということです。私もかなり早い時期にこのソフトは導入して楽しんでいますが、杉本智彦さんという方の作ったフリーソフトで多くの人がお世話になっていると思います。本書でも詳しく紹介されています。
またGPSの装置の発達と言うのも大きな進歩でしょう。これをうまく使いこなせることは登山者にとっても重要ですが、山岳展望家としても有用かと思います。
グーグルアースというソフトの発展も驚くべきものでした。
写真撮影と言う点でもデジタルカメラへの移行は利点が多いものでした。著者はフィルムカメラを使用していたころは一日フィルム10本以上を使うこともあったそうです。それが今では1本も使用することなく済んでいて、以前DPEを頼んでいた写真屋さんの前は通るのが申し訳なく感じてしまうそうです。

山岳展望を巡る話題をいくつか取り上げていますが、「首都からその国の最高峰が見える国」というのは非常に限られているそうです。正確なものではないのですが、せいぜい10か国程度しかないそうです。中でも3000mを越える最高峰を年間数十日も見ることができる日本と言う国はおそらく世界で唯一の存在ではないかと言うことです。

富士山を最遠方でどこから見えるかということはよく話題になりますが、証拠写真がある最も遠い位置は和歌山県の小麦峠というところで、距離は322.9㎞だそうです。世界的にはより高い山であればもっと遠くから見える可能性があるのですが、マッキンリーが370㎞、キリマンジャロが325㎞だそうです。標高がはるかに低い富士山がそれと匹敵する距離というのは、やはり非常な努力で見えるかどうかを検討する好事家(物好き)が存在するからでしょう。

日本の1位から3位までの高峰三山がすべて見られる場所と言うのがあるそうです。カシミールの可視マップを使えば計算上でも推定できますが、山梨県小淵沢周辺から長野県にかかるあたりのようで、山梨県がその一か所を「三峰の丘」と名付けているそうですが、あまり訪れる人もいないとか。やはり物好きだけの世界なんでしょか。

海越しに3000m級の山が見えるところはそれほどないという話も聞いたことがありました。富山県氷見市が観光情報として出しているということで、「世界でも数か所」とあるようです。これは私も目にしたように思います。しかし、著者に言わせるとこれはちょっと大げさでほかにも可能性がある場所は多いのではないかと言うことです。実証はしていないのですが、地図とカシミールを使用して推定すると、伊豆半島からの南アルプス三浦半島西部からの南アルプス佐渡島からの北アルプス丹後半島からの乗鞍・御嶽等々、結構存在しそうです。

空気を通して山を見ていると、大気条件により山が浮いたり沈んだりすることがあります。気温の差が屈折率の差となるためで、これを「気差」と呼ぶそうですが、このために山の見え方が計算上と実際とは違うことがよくあるそうです。海上で見ると蜃気楼なのですが、陸上でもあり得ることです。写真として残っているものも多いようです。

著者得意のきれいな山岳写真、そして山岳展望のイラストもふんだんに載っていて楽しませてもらいました。