爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「つくられる偽りの記憶 あなたの思い出は本物か?」越智啓太著

目撃者の記憶だけを元に容疑者とされ有罪となり、ひどい場合は死刑に処せられたという人がこれまでに多くいますが、その目撃証言というものが実は非常に不確かなものであることが多いようです。
アメリカの例でレイプの被害者の証言で間違いないとされた容疑者は有罪となり服役しますが、その後分析技術の進歩でDNA検査ができるようになり、証拠として残されていた体液はその囚人とはまったく違うことがわかったそうです。被害者は「100%間違いなくこの人が犯人だ」と証言し、そのために裁判でも疑問なく判決が下りたのですが、実際はまったく不確かな証言だったことになります。
被害者もその容疑者に恨みがあり偽証したということではなく、完全に自信をもって証言していましたが、実はその記憶というものがある捜査上の偶然によりできてしまい、ある時点から間違いない記憶と思い込んでしまったということになります。
捜査した警官が、さまざまな質問を被害者にしていくのですが、その過程でどんどんと被害者の記憶と言うものが形作られてしまうということがあるそうです。そのようなことがあり得るということは、犯罪捜査に当たる人たちは十分に考えておく必要があるのでしょう。
著者は現在は大学の心理学教授ですが、警察の研究所に勤務の経験もあるということで、このような心理的な問題点というものはよくご存じなのでしょう。

記憶と言うものがどれほど確かなものか、心理学の研究者がいろいろな実験を実施してきました。(中には被験者に多大な影響を与えてしまうので現在では実施不可能なものもあるようです)それで得られてきた知見では、実際には体験していなかったことでも意図的な質問や心理的操作であたかも実際に体験したかのように記憶を持たせるということは可能なようです。これを「フォールスメモリー」と呼びます。
幼児期の事件など、実際には存在していなかったことでもいろいろな手法で実体験であるという記憶を植え付けるのは簡単なことのようです。

出生時の記憶があると主張する人もいます。実際には3-4歳以前の記憶というものは残らないというのが本当のようですが、この記憶というものは「エピソード記憶」と言うもので、ほかに「意味記憶」「手続き記憶」というものもあり、3歳以前の記憶はないというのは「エピソード記憶」に限ったことです。この辺の事情を混同しないように注意しなければなりません。
また、催眠により過去の記憶を思い出させることができるという人もいます。「退行催眠」という手法ですが、これも実際は怪しいもののようです。
退行催眠により、出生時まで戻って記憶を呼び起こすということもされています。さらには、「前世」にまで戻って記憶をたどるというものもあります。これらは限りなく怪しいものですが、絶対にないとは言い切れないものです。
さらに、エイリアンに誘拐されたという記憶を持つ人も「アメリカには」非常に多く存在します。これらの記憶を持つ背景には心理学的な問題が多くあるようです。

記憶というものは心理的な状態により大きな影響を受けるようです。若い世代の人たちは「以前よりは今の方がよくなっている」と言う心理状態になることが多く、それに沿った記憶を持つようになってしまうそうです。
それに対し、老人では「過去が輝いて見える」ような記憶に変わってしまうということです。こういった事情も良く理解できる年に自分もなってしまいました。

記憶というものは確かなようで不安定なもののようです。私自身も幼児の頃の記憶というと3歳ごろからのものがありますが、これも本当のことなのか、それとも家族から話を聞かされてその影響でできた記憶なのか、考えてみるとはっきりとしたことは言えません。
そう考えだすと、もっと年が行ってからの記憶でも実際に起こったことなのか、想像しただけのことなのか、自信が無くなってきます。考えてみると恐ろしいことかもしれません。