爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「石油の世紀 支配者たちの興亡」ダニエル・ヤーギン著

著者のダニエル・ヤーギンは石油問題に関しての権威であり、この「石油の世紀」はピューリッツァー賞を受賞しています。現在はケンブリッジ・エネルギー研究所代表と言うことです。
現代文明は石油に大きく依存していることは間違いのないことですが、このようになってきた過程というものは意外にはっきりとは認識されていないように思います。この先の推移の予想はできませんが、これまでの経緯を詳しく知るということは大きな力になることでしょう。(この先の推移については、よく読んだわけではないのですがヤーギンはシェールオイルの開発はこれからも大きな影響を持つと語っているそうです)

それにしても石油の利用と言うことを始めた19世紀半ばからの歴史と言うものを、非常に細部にわたるまで(それらに関わった人々の細かなエピソードまで)詳述されている本書の記述には圧倒されてしまいます(あまりにも細かすぎて読んでいる途中で嫌になるほどです)
この上巻は19世紀半ばの石油をランプの燃料として使うことを開発し始めたアメリカのジョージ・ピセルという弁護士の記述から始まり、光源としての利用からさらに内燃機関燃料として利用拡大されていくまで、第2次世界大戦終了までを語っています。
今では想像もできないことですが、石油はところどころに染み出して来る黒い臭い油としては知られていたものの、ほとんど利用価値もないものでした。それを精製すればランプの光源として利用できるのではないかと考え、開発に着手したのですが、一本道で進展してきたわけではないようです。

ランプの燃料としては従来は植物性油脂やクジラの油が使われていたのですが、どちらも需要を十分に満たすことができず不足に悩まされていたようです。そこで石油に目がつけられたのですがなかなか開発は難しかったようです。
しかし、精製して灯油とする技術が確立し急激に産業化が進んだと言うことですが、ちょうどその頃に電灯というものも発明もなされました。そのために臭いも火災の危険もない電灯に急激に傾斜して行き、一旦石油産業はつぶれかかったということですが、時を経ずして内燃機関の発達が起こり石油産業も上手い具合につながって大きな成長を遂げたそうです。

アメリカでの石油産業の成長はスタンダード石油という企業の発達とともに起こりましたが、その成長の影には多くの闘争が行われてきました。これを率いたのがロックフェラーですが、合法違法取り混ぜての競争相手潰しの企業紛争があったようです。
アメリカ国内をようやく治めても、その頃にはロシアのカスピ海沿岸の油田も開発が進み、ヨーロッパやアジアの市場での競合も激しくなってきたようです。ロシア産の石油産業の初期の担い手はあのノーベル賞アルフレッド・ノーベルの兄弟のロバートやルドビッヒであったそうです。油田開発に莫大なダイナマイトを格安で使えたのも成功の要因だったとか。
その頃にはスマトラでもオランダの石油会社の開発が進み、アメリカの覇権に影を落とすことにもなっていたようです。

そして、20世紀になるあたりから自動車燃料としての石油使用が急激に伸びてくることになります。
ガソリンはそれまでは原油精製の過程で出てくる厄介者でした。しかしその後はそれが石油産業の主流となって行きます。
またちょうどその頃、中東での原油採掘が始まり、難航したもののようやくその巨大な埋蔵量が明らかになって、その後のその地域での紛争激化の始まりともなります。

1914年に始まった第1次世界大戦は、一方では石油と言うものの圧倒的な威力を明らかにしたものでもありました。それまでの戦争では陸上での兵員・物資の輸送は鉄道に依存していたのですが、その頃までに確立していた内燃機関を利用する自動車輸送というものが第1次世界大戦の間に完全に鉄道と取って代わり、それにいち早く転換したイギリス・フランス側が鉄道に依存していたドイツに打ち勝ったと言う見方もできるようです。
さらに、内燃機関でなければまったく動かない航空機というものがこの戦争の間に劇的に主役に躍り出ました。そのために、石油の備蓄というものが勝敗を左右するというところにまであっという間に進展してしまったようです。

その後の石油をめぐる大きな動きは、本書の後半部分で描かれている第2次世界大戦に続く数々の物語です。
日本が石油の確保を目指して東南アジアに進出を企て、それに反対するアメリカの石油禁輸処置が大きな戦争の要因となったのですが、石油などの当時の最大の生産国であるアメリカに対し立ち向かった無謀さというものは明らかであってもそこに至る数々の事件というものは良く知らなかった部分です。

さらに、真珠湾攻撃というものも部分的には攻撃成功と言えるのかもしれませんが、実はそこにはアメリカの太平洋艦隊のすべての燃料が蓄えられており、それへの攻撃はまったくされなかったということは知りませんでした。これは完全な戦略的失敗であり戦艦などを攻撃するよりもそちらに集中攻撃した方がよほど成果があったそうです。この頃にはハワイの石油はすべてアメリカ本土から運ばれていたために、その石油基地を破壊していれば戦争終結は2年以上延びただろうと言うことです。

石油というものが現代社会を完全に支配していると言うことが良く判るものでした。下巻は第2次大戦終結から湾岸戦争までのこれも激動の時代の記述ですが、ちょっと荷が重そうですので読むのはしばらく後回し。