爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

熊本の「県民百貨店」月末に閉店

熊本市内には百貨店というものは2つしかなかったのですが、その1つの県民百貨店が今月末に閉店することなっています。
長らく業績低迷が続き、もともとは岩田屋伊勢丹という名称であったものが数々の経営形態の変遷があり、県民百貨店という名称になったのは最近ですがその歴史は長いものがあります。

熊本市には1950年代に二つの百貨店、大洋デパートと鶴屋百貨店が設立され営業してきましたが、1973年に岩田屋伊勢丹が開業しました。最初は地元の反対で百貨店としての開業ができずショッピングセンター扱いだったということですが、ちょうどその年の冬に大洋デパートの火災という大きな事件が起こり、熊本市の大洋は営業不能となってしまいました。そのせいかどうかは知りませんが、翌年に岩田屋伊勢丹が百貨店としての開業を許可されています。

岩田屋伊勢丹という名前が示すように、福岡の岩田屋と東京の伊勢丹が共同で出資したようですが、なかなか業績が上がらずにそのうちに伊勢丹が手を引き、岩田屋に。さらに岩田屋も撤退して阪神百貨店の支援を受け、くまもと阪神に、さらに阪神も手を引き県民百貨店となりました。
しかし、今回の閉店は業績不振のためということではなく、現在の県民百貨店の所在地と隣の交通センターなどを含めた一帯で新たにMICE施設建設ということになり、その建設と百貨店事業継続の折り合いがつかずにあきらめたということだそうです。

私が東京の大学を卒業し熊本に赴任(とは言っても熊本市ではなく県南の田舎町)のは1978年ですので、岩田屋伊勢丹開店からは4年経った時のことでした。それほど東京で遊びまわったということではないのですが、やはり急に田舎暮らしになってしまい寂しく感じて、時々は少しはマシな熊本市に遊びに出ることがありました。その時に訪れることが多かったのが岩田屋伊勢丹でした。鶴屋は若干遠かったのと、その時にすでに開店から時が経っていて少し古びて感じたこともあり、あまり行くことはなかったようです。
岩田屋伊勢丹で食事をしたり、買い物をしたりして田舎暮らしの寂しさを紛らわせていたような気がします。
最近はすっかり熊本市に出ることもなくなり、昔は気になっていた田舎暮らしにどっぷりと浸かってのんびりしていますが、あの頃の印象は記憶に強く残っていますので、閉店は残念です。