爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「エピジェネティクス」仲野徹著

エピジェネティクスとは、遺伝子の上にさらに修飾されることで遺伝の働きが変わってくると言うものです。
DNAによる遺伝の仕組みと言うものが判った時にはそれを解明すれば生物の遺伝はすべて判るかのように考えられ、その解析に全世界で当たりましたがどうやらそれだけでは遺伝の全容は判らないのではないかということに気がついてきました。
その最新の研究情報について、大阪大学生命科学研究科の仲野教授が解説されています。

1944年にナチスドイツの食糧封鎖を受けたオランダでは極度の食糧不足になり激しい飢餓状態になりました。その時に胎児であった人は出生後も栄養不足の影響を受けたのですが、その時期が胎生後期であった人は成長が悪く病弱な子供が多かったものの、胎生前期がその時期にあたった人はその後母親の栄養が回復したことで出生時には体重も正常に戻ったそうです。しかし、その後の経過を見てみるとその人たちは心筋梗塞や高血圧、糖尿病といった病気にかかる割合が有意に高くなっていたということです。これを調べた疫学者のバーカーがある仮説を立てました。DNAの配列には影響がないものの、なんらかの変化が起こりそれが長期間にわたって維持されるというものです。

2008年にはデビット・ナンニーによってエピジェネティクスの定義が簡潔に提唱されました。「エピジェネティクスな特性とは、DNAの塩基配列の変化をともなわずに、染色体における変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現形である」というものです。
その変化とは「ヒストンの修飾と、DNAのメチル化による遺伝子発現制御」であるということです。

ヒストンとはDNAが折りたたまれる時の糸車のような役割を果たすタンパク質なのですが、これがアセチル化されると遺伝子の発現が活性化されるということです。また、DNA自体がメチル化されると遺伝子発現が抑制されます。これらの変化は遺伝子のDNAの配列自体には変化がなくても表現が変化するということになって表れます。また、この変化は長い間保持されることがあるために一見遺伝子自体が変化したようにも見えるようです。

エピジェネティクな変化と言うものは、ラマルクの説のような獲得形質遺伝説と関わりがあるように見えますが、実際は生殖細胞と体細胞の違いなどでそういうことにはならないようです。ただし、ここには植物と動物の違いが関わってきて、動物では生殖細胞は最初から準備されているのに対し、植物では生殖細胞は生涯の最後に準備されるためにエピジェネティクの変化が世代を超えて受け継がれるともいえるようです。

病気の原因などにもエピジェネティクスは関係がありそうで、バーカー仮説にあるように出生時の低体重と生活習慣病の発症には確かに関係があると言うことは定説になりつつあるようですが、他の病気にもある程度の影響を持つのではないかと考えられてきています。
癌の発生はもちろんDNAの変異によることは確かですが、それが癌細胞として増殖をしていく過程ではどこかにエピジェネティク的な変化が関わっている可能性もありそうです。
しかし、こういった問題はまだエピジェネティクスの研究自体が始まったばかりという段階であるためにほとんど分かっていないようです。そのような変化の解析というのも遺伝子配列の解析とは異なり、さらに困難なもののようです。
エピジェネティクスの論文も急激に増加してきたのは2000年以降のことであり、今後さらに研究が活発に行われるのは間違いないところのようです。ちょうど本書が書かれている最中に例のSTAP細胞事件が起こったそうです。著者あとがきにもあるように、ほとんどの科学者は真実の追究を真摯に努力していることを理解して欲しいということです。しかし、この分野も最先端である以上同様の危険性はあるのでしょう。