爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「人はなぜ歴史を偽造するのか」長山靖生著

歴史問題と言うと最近では戦争に関するものがホットな話題となっていますが、本書はそのあたりも若干は触れていますが、主要な話題は偽家系について、そして明治時代の南北朝の正閏問題です。

 

江戸時代の大名の大部分は先祖を偽っていたようです。徳川将軍家自体が三河の小領主であった松平姓を捨てて新田氏に連なる徳川氏であるとして系図を作製しましたが、これは征夷大将軍として幕府を開くというためには必要であると当時は考えられていたからだそうです。

朝廷というものは「先例」がないことはできないということに縛られており、征夷大将軍というものは源氏でなければ就任することができないというのが先例でした。

そのため、公家の吉田兼右に捜索させて現在は衰亡しているものの源氏に連なる徳川氏というものを探し出し、そこからつながっているという系図を作り出したということです。

 

現在ではそれがどれほどの大問題であったかも分からなくなっていますが、明治時代も最後の頃に「南北朝正閏問題」というものがありました。

今の歴史教育では室町時代初期には南北朝時代と呼ぶべき一時代があり、京都の北朝と吉野の南朝が並立していたということは周知の事実として教えられていますが、明治末期にも同様のことを書いた学校教科書があったために、これを問題化して政府を攻撃した人々がいました。

当時の(現代も同様)皇室は北朝の子孫であるのは間違いないのですが、後醍醐天皇から始まる南朝が正統であるという考えは昔から存在し、それが明治時代に天皇親政となったころから他を圧倒する思想となっていったようです。

さらに楠木正成が「忠臣」であり足利尊氏が「逆臣」であるという価値観を絶対視するという背景もあり、現天皇の直接の先祖である北朝天皇を一時は歴代からカットすると言ったことにもなってしまいました。

 

こういった事態も実は政府を攻撃したいという勢力が狂信者を利用したという裏があったようです。当時の政府はまだ長州閥の勢力が強く、それに敵対する勢力がなんとしてでも揚げ足を取ろうという風潮があったようです。

なお、そこで現れた狂信者という人に木村鷹太郎という者もいたのですが、南北朝だけでなく日本人の起源についてもトンでも説を続発しやがて周囲からも見放されたそうです。

 

こういった南北朝問題はすでに語られることもありませんが、著者は現在の歴史教育問題にも触れています。

歴史教育に「愛国心」を持ち込みたいという人々が多いようです。しかし、著者は「歴史」と「愛国心」は分けて考える姿勢が必須であると主張しています。

さらに、教科書と言うものが「断定的に書かれている」ということも問題を大きくしています。なぜ確定できない問題は「棚上げ」できないのか。

「棚上げ」というのは決して責任回避や思考停止ではなく、むしろ問題を考え続けなければならないという姿勢を示すことだということです。

これは習う生徒の側だけでなく、教師を含む大人の問題でもあります。

 

本書は直接現在の「歴史問題」を扱ったものではありませんが、それについての議論の種を考えさせてくれるものでした。