爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「海と湖の貧栄養化問題 水清ければ魚棲まず」山本民次・花里孝幸編著

広島大の山本さん、信州大の花里さんが中心となりほかに琵琶湖や瀬戸内海の水産研究センターなどの方を執筆者としてまとめられたものです。

 

戦後に海外からの肥料・食料の大量の輸入にともない多くの排水に含まれる栄養成分で近海や湖が富栄養化し、アオコなどの大量発生、そして腐敗となり水質が極めて悪化するという状況でした。

それに歯止めをかけようとして水質汚濁防止法が制定され、厳しい排水規制と排水処理施設の稼働が行われ、最近は都市部でも河川や海の水質がきれいになってきたと感じていました。

しかし、それが「貧栄養化」とまで言うべき状態になってしまったとは全く思っていませんでした。本書はそのような状況について水産の最先端の研究者たちが報告されています。驚くべき内容でした。

 

最初に編者の一人花里さんが諏訪湖の状況について説明しています。

諏訪湖は1960年代には富栄養化が進み大量のアオコ発生、悪臭も漂う状況になってしまいました。

そこで行政も下水処理場の建設と下水道の普及につとめ、直接諏訪湖には流れ込まない体制が作られました。

その結果、1978年には湖水中の全リン濃度が0.8g/mlであったものが2001年には環境基準値の0.05g/mlを下回るまでに低下しました。

透明度も上昇し平均透明度が100㎝以上となったそうです。

しかし、その水質浄化と同時に起こってきたのが漁獲量の低下です。水質浄化ということは水中の植物性プランクトンを減らすことであり、これは魚の餌をどんとんと減らしてしまうことになります。

多くの人は「昔は水がきれいで魚もたくさん取れた」と考えています。しかし、詳しくデータを見てみると実は本当に水質がきれいだった時代には漁獲量はそれほど多くはなく、水質が徐々に悪化していた時代に漁獲量も増えていたということです。

諏訪湖の場合、水質浄化にともなって浮揚植物の「ヒシ」が大量発生するようになりました。ヒシはアオコが発生している時代には増えることはできなかったけれど、アオコが抑えられるとその隙を埋めるように増殖しだしました。これも迷惑な状態です。

また水質は改善されても湖の底にたまったヘドロはなかなか分解されずヒシのために太陽光が底まで届かずに分解が遅れるという問題も出ているようです。

 

このような状況は琵琶湖でも同様のようです。琵琶湖の漁獲量も近年減っているのですが、その原因として言われているのは、外来魚の捕食、干拓、護岸工事、などです。

しかし、それぞれが若干の影響は及ぼすもののやはり影響の大きいのは排水からの栄養分の流れ込みが減少してプランクトンが減ったためということのようです。

 

瀬戸内海については編者の山本さんの報告ですが、2004年に某学会で貧栄養化と漁獲量減少について発表した際にもほとんどの人には理解がされず反論が多かったそうです。

しかし、瀬戸内海についても貧栄養化が進んでいるのは明らかであり、それと漁獲量の関連も強く示唆されるようです。

瀬戸内海でも一時の富栄養化により水質が悪化しましたが、同時にその時代には魚種によっては漁獲量がかなり増えました。ただし、それは栄養要求が大きい種類で海底に住むような魚は減ったという現象も起きたということです。(価格の高い魚はこちら)

下水処理の方法が技術の進歩で変化し、かつての活性汚泥法では窒素やリンなどは減らすことができずにそのまま放流されていたのが、最近ではリン酸沈殿や窒素の脱窒法により排水中の無機栄養塩類をかなり減らすことができるようになりました。

このため、瀬戸内海の貧栄養化でもそのような無機栄養塩類の減少が大きいそうです。

 

瀬戸内海では富栄養化の進行は1951年から1977年までであり、その後は貧栄養化が進みました。

漁獲量を詳しく見ると、富栄養化進行期にはプランクトン食性のカタクチイワシなどは増加するものの、同時に進行した海底の環境悪化によりエビ・カニなどは減少したそうです。

またノリの養殖も富栄養化が進んだ1980年代が明石では最盛期だったそうです。しかし、その後は色落ちが発生するようになり業者もほとんど撤退ということになりました。

 

このような内海・湖の漁業を考える場合、もちろん人工護岸の増加、干拓による干潟の埋め立てなどの環境悪化も大きな要素ですが、どうやら栄養成分の減少によるプランクトンの減少というものが大きな影響を与えているようです。

 

この本を読んでまず思い当たるのは現在も進行中の有明海での漁獲を巡る諫早湾干拓工事に関する裁判のことです。執筆者の中には有明海関係者は居ないようですのでその話には触れてありませんが、どうなのでしょうか。

ノリの色落ちというのも裁判の中には入っていたと思いますが、貧栄養化のせいであれば諫早湾干拓などは関係ないということにもなるのでしょうか。

 

しかし、まだ富栄養化が進行していると思い込んでいた自分などはかなりの認識不足であったと反省しています。