爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ダイエットを医学する」蒲原聖可著

著者の蒲原さんは医学博士でアメリカ留学で肥満および糖尿病についての研究をされたと言う専門家です。
現在はDHCの顧問でDHCサプリメント研究所をされているとかで、本書も肥満とダイエットについては色々と意見が述べられていますがサプリメントについては少々甘いように感じるのはそのせいでしょうか。

2000年には肥満人口は世界で11億人に達したそうです。これは飢餓に苦しむ人の数とほぼ同数で、世界人口65億のうち実に1/3以上が栄養障害ということになります。
特にひどいのがアメリカで、成人の60%以上が肥満かやや肥満であるそうです。
日本でもBMIが25以上の人が2300万人に上るそうで、特に男性が増えているようです。ただし、若年女性のみはBMIが18.5以下のやせた人が増えており、これはこれでまた問題のようです。

アメリカではそのような状況だからこそ、各種のダイエットが繰り返しブームになっており一大産業となっています。肥満者は自己管理能力に欠けているというように見なすという風潮もあり、金をかけてでも痩せるという人々も居るのは事実なのですが、ほとんど成功しないと言うのも確かです。
その理由としては、肥満の70%は遺伝が関与しているからだと言うことです。とはいってもその因子は非常に多く複雑に絡み合っており、単純に遺伝子治療というわけにも行かないようです。
アメリカ以上に肥満者が多いのが太平洋の島々で、ナウルミクロネシアでは住民のほとんどが肥満と判定されるのですが、その人々には遺伝的にエネルギーを節約するような性質が強くなっており、それが昔は粗食であったために上手く保たれていたのがアメリカの統治下に入ってから食物がアメリカ化してしまい高脂肪高カロリーの食生活となってしまいました。その結果アメリカ本土よりさらに肥満が多く現れてきたということです。

アメリカの肥満状況を調査していくと、人種差が非常に大きいことがわかります。特に肥満の多いのは黒人とヒスパニックの女性だそうで、統計的に明らかに差があります。この差の原因となるのは基礎代謝の違いで、黒人女性は基礎代謝量が非常に少ないということで、これはアフリカの乏しい食糧供給の中では基礎代謝が少ないことが遺伝的に有利だったからだろうという推定ができます。これがアメリカの飽食環境に来ると逆に働き肥満となるようです。

肥満の判定基準はBMIによると言うことは現在では世界的に共通なのですが、その判定基準は各国でやや異なるようです。日本ではBMI25以上は肥満と判定していますが、WHOの基準では25から30は「肥満前段階」と呼ばれ、30以上が肥満となるそうです。日本では30以上が肥満としてしまうと人口の2%以下しか居ないので独自の基準とするのもやむを得ないということがあるようです。また、ナウルなどでは30以上では非常に数が多くなりすぎるのでさらに高い基準を設けなければならないとなって、この人種差は大きな問題になります。
BMIでは個人の体型差が表れないので、体脂肪を測定すると言う必要性も出てきますが、この測定法が難しくなかなか測定値が揃わないようです。脂肪の厚みを測るのは測定者によってかなりのバラつきが出てくるそうですし、水の中に沈んでというのは頭まで完全に沈めてさらに息を吐ききるという難しさがあるのできれいな値が取りづらいようですし、ガス置換法というのは測定装置が高額になるため設置できるところが少ないとか。
腹部のCTスキャンをすることで内臓脂肪がかなりはっきりと分かるようになりましたが、これもすべての人を測定というのもなかなか難しいようです。

体脂肪を調整するメカニズムというものがあり、これでかなりの変化までは調整できるのですが、そこに関与する遺伝子と言うものも分かってきました。アドレナリン受容体の遺伝子も関与していますが、レプチンというホルモンの遺伝子の変異も関わっているようです。レプチンの働きが悪い遺伝変異があると肥満につながるという事実があるそうです。

肥満の基準がBMI22であるからと言って、すべての人がそれを目標にするというのは個人個人の差があるために適切ではないようです。例えば筋肉の多い人はどうしても固太りとなり、BMIも高めになるのですが、それがその人の適切なBMIとなります。したがって、基準体重ではなくそれぞれのベスト体重と言うものを見つけそれに近づけると言うのを目標とすべきということですが、それは身体活動能力が高く「fit」している状態だと言うことです。とは言ってもそれをはっきりと認識するのは難しいでしょう。

肥満治療の選択肢としては、1食事療法、2運動療法、3薬物療法、4遺伝子治療、5外科治療があります。通常は1と2ですが、肥満の原因が遺伝的要因にある以上、これだけではなかなか目標を達成できないようです。
食事療法ではリンゴダイエットとかパイナップルダイエットなどといった単品ダイエットが流行しがちです。これらは医学的にははっきりと不適切と断言できるものばかりです。食べるだけで減量できる食品というものはありません。
体脂肪の減少と言うことが求められるのに、こういった単品ダイエットでは痩せたとしても筋肉などの減少を引き起こすものもあり危険と言えます。
また一時的に体重減少したとしても簡単にリバウンドしがちなようです。

単品ダイエットではないものの、高たんぱくであるとか、低炭水化物であるとか、さまざまなダイエット論がありますが、結局は脂肪カロリーが30%以下、タンパク質が20%、野菜と果物穀類を多めに取るといった少な目のカロリーでも満腹感が得られるものがやはり良いと言うことです。

なお、ヴェジタリアンについても記述があり、なんとその意味は「野菜」とは関係なくラテン語で完全なとか、活き活きしたという意味の「vegetus」に由来するそうです。したがって、菜食主義者と訳すことは誤りであり、野菜だけを食べると言う意味も本来は無かったと言うことです。
ただし、肥満を避けるという意味だけではなく畜産が環境に与える悪影響などを考えるとこういった食生活をとると言うことが必要なのではないかと言う著者の意見です。

遺伝的に肥満するかどうかが決まってくるとはいえ、肥満者が病気にかかりやすく医療費がかさむ原因であることは間違いのないところです。それを押さえるために体脂肪税やジャンクフード課税といったものを考えるというのも一つの方法でしょうし、日本のような一律の健康保険料率というものもかえって不公平なのではないかと言うことです。

自分も老境に近づくにつれ基礎代謝が低下しているのは明らかで、昔と同じような食生活では確実に太っていくのが良く分かります。運動をするといっても難しいし、どうすれば良いのか、親の遺伝があるのは間違いないにしてもそれが分かったところで解決にはつながりません。

肥満になるのは意思が弱いからだと言うことはよく言われますが、これもほとんど間違いだと言うのが著者の意見です。確かに強固な意志で体重を増やさないと言う人も居るのは事実でしょうが、ほとんどの人では太るかどうかというのは遺伝的に決まってしまうということです。ただし、やはり太ってくると病気にかかりやすくなり医療費も増えると言うのも間違いないことですので、なんとか肥満を防がなければならないのでしょう。