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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

エネルギー文明論「経済成長とは」

エネルギー文明論

エネルギー依存と言える状態になってからの人類の文明は大きく発展してきました。当然ながらその間の「経済成長」というものも大きなものでしたが、その当時の感覚のまま今でも経済成長至上の考え方が広く世界全体を覆っているようです。
経済成長は資本主義というものの根本とも関わっており、投資の対価として経済運営の成果を受け取るという体制においては成長があればあるほど投資家の得る分け前も増えることになります。

経済成長というものは、これまでも人類史上何回か訪れてきたと考えられます。
大きなものでは西ヨーロッパにおいて新大陸発見以降の一時期のものでしょうか。ついで産業革命以降の同じく欧米地域のものが挙げられるでしょう。さらに現代の先進諸国の際立った成長が挙げられます。
本来の意味での経済成長とは、生産性の向上によるものであるのが健全な状態かと思います。しかし、今挙げた例はどれも健全とは言いがたいものです。
どのように健全ではないかと言うなら、新大陸発見後のヨーロッパの成長というものは新大陸(南北アメリカ)のすべての面での収奪によるからです。原住民を奴隷化して生産したということもありますし、新大陸産出の銀を大量に収奪したという方法も取り、それで成された経済成長であったからです。
産業革命以降、そして現代の経済成長は石油・石炭といった化石燃料を使い放題に使ったことによるものと言えます。これも人類がその努力によって生産性を上げての成果とは言えません。言うならば地球の歴史からの蓄積を収奪したためということでしょう。

どちらの経済成長も何らかの意味で他からの収奪によって成されていただけです。
厳格な意味で「生産性を向上させて」為された経済成長があるでしょうか。ほとんど無かったと言えるのではないでしょうか。

しかし、もはや収奪できるような別世界は残っていません。いまだに夢物語で他の天体から収奪できると語っている人もいますが、そのような天体の発見と人類滅亡とどちらが早いでしょうか。
また、化石燃料ももはや野放図な経済成長を支えるほど残ってはいません。それどころか現在の文明を運営する程度のものも継続できる見込みがなくなっているところです。経済成長を支えるだけのエネルギー源としてはまったく期待をできるものではありません。経済運営を維持することができるかどうかも危ういものです。

もはや、経済成長を期待する体制というものは成り立たないということを直視する必要があるということです。
それはすなわち資本主義体制というもの自体も成り立たなくなるということでもあります。その後の体制というものを真剣に考える必要があるということです。
こうなってみると、一時は完全に敗れ去ったような共産主義や、独裁体制というものに将来の希望があるのかもしれないと考えてしまいます。