爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「”慰安婦”問題とは何だったのか」大沼保昭著

著者は国際法学者である一方、ながらく在日韓国・朝鮮人問題やサハリン残留韓国人の帰国問題などに携わってきたのですが、1990年代に従軍慰安婦問題が大きく取り上げられる中で”アジア女性基金”の設立と運営に参加し、苦闘された人です。

私自身も当時はこのような解決策というものが中途半端なものに見え、なぜ国家補償という形を取れないかという不満を感じた覚えがありますが、本書を読むとこれがぎりぎりのものであり、それ以上を求めると何時になったら成立するかも分からないような状態で、元慰安婦の人々も老齢を迎える中ではやむを得ない選択だったと言うことが分かりました。

本書は2007年の出版で、奇しくも現在の総理が前回担当していた内閣の時代ですが、著者はその内閣の姿勢に非常な危惧を表明しており、アジア女性基金が役目を終え解散した中で次の戦争責任の償いというものの見通しに不安を抱いていたようですが、まさにその予想は当たってしまったようです。

それにしても現在も慰安婦問題については聞くだけでも不快感を覚えるような無神経な発言が多い中で、本当のところはなんなのか良く分からないという思いは誰も同じではないかと思います。
これまでの研究で一応の一致点があるというところでは、対象者は2万人から20万人(それでも相当幅が広い数字ですが)、国籍は韓国・北朝鮮、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ。そしてその来歴というものもそれぞれ多種多様でとてもまとめられるものではありません。
悪徳業者に拉致されてという人も居たようですし、それ以前から公娼(売春婦)として従事していたものも確かに居たようです。しかし、もっとも多かったのは看護婦や家政婦、工場労働者に雇うとだまされて連れてこられたというものだったようです。実際にその人々から話を聞いたとしてもそれを他の全員に適用すると言うことは絶対にできません。しかしそのような論法を使う人が多いようです。

戦争や植民地に関わる日本に責任がある被害と言うのは、慰安婦問題だけではありません。朝鮮・中国人の強制連行、強制労働の問題、朝鮮出身日本軍兵士・軍属の年金問題、おなじくBC級戦犯問題は対象者も慰安婦より多く、また政府や軍、企業の責任も明確であるにも関わらず慰安婦問題が先行してしまったという面もあるそうです。
しかし、村山富市首相が就任したことで慰安婦問題だけでもなんとかしようと言う雰囲気にはなったそうです。その形も著者や協力する人々でいろいろと議論されたのですが、国家賠償などの方策は自民党や官僚の抵抗が強くほとんど実現可能性はなかったようです。
それとともに、著者が指摘するのは国家賠償だけにしてしまうと日本人全体として謝罪すると言う心が失われてしまうのではというおそれもあったようです。基金に国民からの寄付を募ると言うことで日本人全体が真剣に考えるというのは必要なことだということです。しかし、形ができても実際に寄付をしたという人はほとんど少なく、また経済界からの支援も全くといっていいほどなかったそうです。
基金の運営も政府の協力が非常に冷たくなかなか上手く回らなかったそうです。

政府の態度を見るとこの問題に関しては「じっと息をひそめて、嵐が通り過ぎるのも待つ」という言葉ですべてが表されるということです。そして、その態度自体が世界から不信感を持って見られているということに気がついていないのです。

女性基金の構想発表には日本国内からも多くの批判が浴びせられました。右派からの批判もさることながら、市民団体やNGOなどからは不十分との批判が強かったようです。その中には、「道義的責任を認める」だけでは不十分で「法的責任を追及し、責任者の処罰を」というものもあったようです。そしてこれは韓国の市民団体の態度でもあります。
しかし、「法的責任」が「道義的責任」より優越するというのは決して普遍的な価値観ではありません。法的責任というのは誰もが守らなければならない最低のものであり、それよりも道義的責任が上位の場合もあるという考え方です。
法的責任を言うならばその当時の法律に違反していたかどうかの問題だけになってしまい、ほとんどの関係者は合法だった可能性が強いということなので、実際は誰も裁けないということにもなりかねません。現在の価値観で当時の人を裁くということは法的にはできないことです。
また、戦争責任を真摯に認めたということで日本と対比的に語られることの多いドイツですが、ドイツも決して法的責任を取っているということはないそうです。道義的責任は間違いなく真摯に認めて謝罪し、さらに現行法も制定して再発防止に努めている。だから他国もドイツの態度を認めているわけです。

アジア女性基金が被害者に日本国民からの償い金と首相からのお詫びの手紙を渡し、また医療費補助をするということは限られた人数ですが実施されましたが、韓国と台湾ではより強い補償を求めるという支援団体の態度で希望する被害者にも渡らないという事態になってしまいました。これも不幸な話でした。多様な被害者が居り、中には経済的にも恵まれた人もいて「金が欲しいのではない」といった声が強かったのですが、中には「金が欲しい」という人も多かったのは当然ですが、声をあげることもできなくなりました。

読んでいると気持ちがますます暗くなるような内容でした。その後も状況は悪化するばかりのようです。慰安婦の女性像をアメリカなどに立てていますが、それで実際に被害者が救われるわけではありません。しかし、日本側の態度もまったく解決の方向を向いているようには見えません。あと数年で被害者はすべて亡くなるでしょう。