爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「笑いのこころ ユーモアのセンス」織田正吉著

演芸作家の織田さんが、笑いやユーモアについて非常に学問的に解析しておられます。したがって、この本はほとんど面白みはありません。

漫才や落語など、商品としての笑いというものと日常生活の中での笑いの要素というものを最初に対比させて述べています。
笑いを商品化した職業はかなり昔から存在していますが、日常生活の中ではそれ以前から笑いと言うものはあったはずで、そこから専門的なものとして発展してきたのでしょう。

笑いと言うものを分析していくと、子供が無邪気に発する言葉で笑ったりすることはありますが、これは固定した大人の常識とは異なるものが不意に出てくるところからくるのでしょう。
しかし、地方出身者を笑ったり、方言を笑うと言うのは無邪気とは違います。また言い間違いを笑うと言うのもよくあることのようです。
このように自分たちの日常とちょっと異なるものをおかしく感じるというのは世界のどこでもあることのようで、エスノセントリズム(自民族中心主義)と言うのだそうです。

落語やイギリスの文学の中で大きく発展したものにナンセンスというものがあります。イギリスではマザーグースというものもナンセンスの要素が相当あり、またルイスキャロルのアリスシリーズもその傑作です。
日本でも万葉集の時代からまったくリアルさとは正反対の支離滅裂と言うような歌もあり、古代からナンセンスというものを認める社会であったことが分かります。

ユーモアというものは、著者の意見では笑いとは同じものではないということです。人間の常識には2種類あり、人を殺してはいけないといった社会的に欠かすことのできないルールと言う第一の常識のほかに、もっと緩い思い込みと言う第2の常識もあるということです。
ユーモアはその第2の常識にとらわれずに自由な角度から複眼的に物を見ることができるセンスだと言うことです。

また、ユーモアは環境にそれを熟成させるような要素がなければそれを持たない人ができてしまうそうです。そういった社会にはしたくないものです。