爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「世界人名ものがたり」梅田修著

世界人名というと少し広すぎるようですが、ヨーロッパの個人名(ファーストネーム)について英文学者の流通科学大学教授(当時)の梅田さんが一般向けに解説したものです。

ヨーロッパの個人名はキリスト教の天使や聖人の名前にちなむものだという感覚でいたのですが、そればかりではなく特にイギリスなど北方ではゲルマン系、ケルト系といった民族固有の名前と言うものも結構残っているようです。
一方、キリスト教にちなむ名前は古くからのヘブライ系の名前のほかに、キリスト教が広まったころに布教に携わったギリシャ・ローマ系の聖人の名前というものも影響が強かったそうです。
さらに、キリスト教には関係のないギリシャ・ローマ系という名前もあり複雑です。
また、民族固有の名前といってもその民族にキリスト教が伝わった時代の聖人の名前として使われている場合もあるようで、完全に固有の民族名というわけでもなさそうです。

ジョン(英)(他の国では ジャン(仏)イワン(露)ヨハン(独)などが同名、アイルランドではシェーン、スペインではフアン)はすべて洗礼者ヨハネから生じています。キリスト教最大の名前かも知れません。
エリザベス(イザベラ、エリザベート、ベティ、リサ)はヨハネの母親エリサベトに由来するそうです。これはキリスト教国共通に人気があるよですが、一方マリアはもちろん聖母マリアに由来するのですが、聖母信仰があまりにも強すぎたためにプロテスタント信仰が起こると逆にマリアと言う名前に人気がなくなったそうです。しかし、カトリック国の特に南ヨーロッパでは変わらずに人気が強いとか。

アレクサンダーやフィリッポスはギリシャ圏由来の名前であることは確かなのですが、これもロシアでの人気は13世紀のアレクサンドル・ネフスキーという英雄の活躍のためとか。またフィリッポスもアレクサンダー大王の父親の名前ですが、これもキリスト教のはじめの頃の使徒フィリッポスの存在が大きいようです。

ジュリア、ジュリアン、ジュリエットなどはローマのジュリアス・シーザーから由来する貴族的雰囲気のある名前として人気がありましたが、ジュリアス・シーザーというのは正しくはガイウス・ユリウス・カエサルで、ユリウス氏族カエサル家のガイウスという意味です。ユリウスだけをとって個人名とするのは本来はおかしなことですが、ローマの習慣として他の氏族の養子になったものが上記の3つの名前のほかに第4名というものを出身氏族の名前からつけるということがあったとかで、ユリア族出身のものが通称としてユリアヌスという名で呼ばれることがあったようです。
また、ローマ時代には女性は個人名がなかったそうで(これも驚きですが)ユリア族の女性は皆「ユリア」と呼ばれていたと言うことで、そこからジュリアという女性名も生まれたのでしょうか。

ノルマン系の名前としては、ウィリアム、ロバートといったところが伝統的なもののようです。
今ではアイルランドスコットランドだけに残るケルト人の伝統的な名前では、ウォレス、ブリジットといったものがあるようで、アメリカにも多くの移民が渡っていますのでアメリカの人名にも多く残っているようです。
アーサー王伝説に見られる、アーサーとグエネヴィアもまだ人気があるようです。グウィネヴィアは現代ではジェニファーと呼ばれています。

著者が英文学者であるせいか、本書は北方系の記述が多かったように思います。イタリアやスペインではよりカトリックの伝統名が多いのでしょう。
しかし、キリスト教文化圏ではこのように個人名でも歴史的なものが残されているというのは面白いものです。本書の中にも何箇所か出てきましたが、制度として個人名をキリスト教の聖人の名に限ると言うことが成立していた国・時代があったそうです。
その点は日本の個人名とは大きく異なっており、日本での習慣と言うものが世界的には珍しいもののように見えます。日本では子供の名前はできるだけ他に見られない独自のものを付けたがるようです。親の世代どころか、数年前の流行の名前すら避けたがるように見えます。こういったものはどのような思想から生まれてきているか、どこかで研究されているのでしょうか。