爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「黒人はなぜ足が速いのか 走る遺伝子の謎」若原正己著

両生類の発生学が専門という著者ですが、誰もが気付いているはずの「足の速いのは黒人ばかり」という事実について専門的に(ややむずかしいようです)解説を加えたものです。

100mなどの短距離走、そして一方ではマラソンや10000mなどの長距離走ではオリンピックなどの国際大会では上位入賞者というのがほとんど黒人で占められているというのは誰でも気がつくことです。実際に短距離では最近はほとんどジャマイカ、そしてアメリカ在住の黒人選手が優勝しており、一方長距離ではケニアやエチオピアの選手が優勝しています。

こういったことを正面から話すと言うのは特にアメリカではタブーに近いものになっています。劣っているということではなく、優れているということでもそれが人種に関わると言うことを言い出すと人種差別につながるということになるようです。しかし、どう見ても何か理由がありそうです。

ジャマイカなどの黒人はその先祖の出身地は西アフリカにあるようです。また、エチオピア・ケニアなどは東アフリカです。黒人といってもその人種は大きく違っており、遺伝的にはその差はアジア人とオーストラリア原住民との差よりもさらに大きなものだそうです。
走力を見ても、西アフリカ出身者は短距離走は圧倒的に強いとは言っても長距離走が特異な選手はまったく存在せず、逆に東アフリカ出身の短距離選手も居ないようです。

短距離走が強いということは瞬発力が強いということだろうという連想は容易にできます。αアクチニン遺伝子と言うものがそれに関係しており、その多型のうちの1種が多いと瞬発力が増すということはあるようです。
そして、トップアスリートはそのαアクチニン3というものが多くなったという研究結果があったそうで、さらにジャマイカ人はその遺伝子型が70%と他人種より多いということも言えたということですが、もちろんそれだけで決まるわけではなく、また異論も相当出てきたようです。

長距離走では持続力が強く関係していますが、そこにはACE(アンジオテンシン転換酵素)遺伝子が関わっていると言うことも分かりました。この遺伝子にもいくつかの型状が知られており、持久力に関係のありそうな性質も知られるようになってきたそうです。
ミトコンドリアも細胞のエネルギー発生に大きく関係していますので、その性質は運動能力に影響を与えるようです。ある変異型がマラソンの上位選手に多いという研究結果も出たと言うことです。

なお、余談ですがこのように遺伝子の調査が広く行われるようになり、特定の配列が知られてくるようになってジンギスカンの血のつながりのある子孫が実に1600万人は居るということも分かったそうです。

このように、運動能力に重要な影響を持つ遺伝子と言うものが分かってきており、さらにそれが人種間で分布に相当差がありそうだと言うことも分かってきました。しかし、特にアメリカを中心としてそういった人種間の遺伝の差と言うものを主張するのは人種差別を助長すると言う批判が強く、議論することも難しい情勢になっているようです。
これは現在でもなお社会情勢が差別を前提としたものである裏返しなのでしょうが、黒人が運動能力に優れるということになると、その方面ばかりに努力しようとしてその他の面の才能を伸ばすと言う努力がなされなくなると言うこともあるようです。
伝統的に白人社会では人種間差を言い立てる風潮も強く、DNA構造の解析でノーベル賞を取ったジェームズ・ワトソンも以前は差別的発言があったとか。その後は考え直したようですが。

能力の差と言うものは、人種間の差より同じ人種でも個人の間の差の方がはるかに大きいのは確かです。黒人であっても運動能力の劣る人というのは多数存在するでしょうし、その中には知的能力が優れた人もたくさんいるでしょう。
オリンピックでメダルを取れるかどうかというごく上位だけの話かもしれませんが、そういった事実があるのも確か、しかしそれをことさら言い募るのもそれ以外の人種間差を考えると問題なのでしょう。