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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

エネルギー文明論「化石エネルギー依存文明 (2) エネルギー依存文明の危うさ」

このような化石エネルギーの大量使用で発展してきた現代の文明ですが、いろいろの問題点を抱えています。最初に環境破壊の問題として出現してきたのが石炭を燃やす時の煤煙でしょう。石炭には不純物として窒素や硫黄を含みますので、燃やすとそれらの酸化物を発生しますがそれらには毒性があります。早くから工業化された国ではそのような原因による大気汚染の害が顕著でした。
 さらに石油を使った内燃機関を用いた自動車が急激に増加するとその副生物による大気汚染も問題となりました。
 また大きな重量物を高速で移動させていることから、交通事故という害も大きく、全世界で言えばおそらく年間数十万人の人が死亡しているのも大変な問題です。
 そして、化石エネルギーというものが数億年分もの太陽エネルギーの集積であることから、それをわずか数十年で開放することによる温暖化が起こっているというのも大問題です。これが二酸化炭素によるものかどうかは疑問もありますが、都市周辺のヒートアイランド現象というものは間違いなく事実であり、これはエネルギー使用のもたらしたものであることは確かでしょう。

 しかし、これらの悪影響をはるかに越えた現象を忘れてはいけません。それは「エネルギー使用で人類社会が発展しすぎた」ということです。
 まず第一に人口が増えすぎた。これはエネルギーを注入した食糧生産の大幅な向上でもたらされたものです。肥料・農薬・農業機械・農産物流通という生産の各段階に膨大なエネルギーを注入することでそれ以前の生産力の数十倍にも増やすことができました。これまでは慢性的に食糧不足だったのですが、それが解消し、さらに医療も向上したことにより人口が爆発的に増えるということになりました。
 人口爆発とも関連しますが、地球上の環境を大きく変えてしまったということもこれらエネルギー革命の結果です。増えた人口を賄うための農地・住宅地・工場用地などとして居住可能な陸地の多くを改変してしまった。そのために他の生物の住環境は著しく悪化してしまい、多くの生物が絶滅しました。
 静的な環境だけでなく、人や物の移動が激化したということも影響を強く与えています。大型輸送船や自動車・鉄道、飛行機まで様々な移動手段がひっきりなしに動き回るということになりました。
それ以前の、せいぜい帆船や牛馬、徒歩の人間が移動しているだけの世界とは全く異なる様相になっています。

 これらの「環境問題」だけを考えても現代の「エネルギー依存文明」は危うい面を見せていますが、もっとも危ういのはその肝心のエネルギー源が無限に存在するわけではないということです。
特に早く無くなりそうなのが石油なのですが、それについては後ほど詳しく説明しましょう。

 エネルギー源としては種々のものがありますが、前にも述べましたように人類文明発祥の頃から使われていたのは薪(木材)でした。そしてその後石炭や石油を使い始めました。現在でもそれがほとんどの使用エネルギーです。
 つまり、人類が一番使いやすいエネルギー形態と言うのは、このような太陽エネルギーを光合成反応で固定した炭化水素を燃焼させて利用するということだということです。数百度からせいぜい1000℃を超える程度の温度で物を直接加熱するか、水を加熱してそれを利用するという方法がほとんどだということです。
 その形態では、使い方を誤れば火傷をしたり大きくなれば焼死したりという危険性はありますが、なんとかコントロールできる範囲のものだったといえます。

 その他の形態のエネルギーでは、もっとも大きいものは原子力ですがこれは反応が大きすぎてコントロールが難しいという欠点があります。核分裂をして放射能を出すというのも大きな難点で、結局人間の技術では使いこなすことは難しいということが判明しつつあるように思います。
 また太陽エネルギーを電気変換したり、水を加熱したりという方法は、変換効率がいくら上がったとしてもそもそも非常に希薄なエネルギーであるために集めるだけで大きな手間とコストがかかるという基本的な問題点があります。
 風力エネルギーもあまりに希薄すぎて装置が巨大になっても得られるエネルギーは微々たる物です。

 結局現代のエネルギー依存文明は、「化石エネルギー依存文明」と呼ぶ他は無く、化石エネルギーの消長と一蓮托生と言わざるを得ません。