爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ハイブリッド日本」上垣外憲一著

古代から現在まで、日本列島には様々な人々や文化が流入し、それが混ざり合って現代の日本を作り上げてきました。著者はそのような混血の状況を歴史に沿って上げて行きます。

著者の上垣外(かみがいと)さんはドイツ語を専攻したあと韓国語も習得し、さまざまな国で暮らした後大手前大学教授となりながら種々の著作を書いています。
あとがきにもありますが、この本は最初は「混血日本」という書名で出版するつもりだったようですが、出版界では「混血」という言葉は差別用語であるとして使用抑制の方向にあるということで急遽この書名に変えたそうです。
著者が述べるように、日本全体が混血で出来上がっているにも関わらず、現代では「混血」と言う言葉を差別用語として使っている現状があること自体を正すという意味が本書にはあるようです。

DNA分析などでも日本には様々な人種の人々が集まってしかも互いに徹底的に排斥することなく共存してきたのが現代でも多くの遺伝子バラエティーが存在するということで分かります。ついてながら中国では漢族が他民族を排斥し続けたためにあまり他族との混合もなかったそうです。
旧石器時代から古墳時代まで、日本には続々と様々な人々が流れ着きました。また半島との商業活動も驚くほど昔から存在してきたようです。それらの人々は行き来しながら定住もし、混ざり合ってきたようです。
言語の比較でも日韓両言語は同一系統と考えられながらも相当な違いができており、あまり近い時代に分かれたとは考えられないようですが、著者は高句麗の言語というものがその間を埋めるのではないかと提示しているようです。

しかし、どうやら白村江の敗戦で日本としてのナショナリズムに目覚めてしまい、それ以降は自由な移民の流入と言うものが行われにくくなっていったと言うことです。進んだ中国文化の移入と言うことは求めながら、人の移動は拒むようなことになったとか。その後、藤原氏の専制が始まるとさらにこの傾向は強まり、漢文を自在に操る才能の持ち主を徹底的に排除するようになってしまいました。

それでも戦国時代までは海外との貿易も盛んで商人も多数来訪しており、数は少ないながらも博多や平戸などには混血の人々が多かったようです。
それが厳しく制限されてしまったのが江戸時代の鎖国でした。そういった中で日本人の純血という誤った概念が蔓延してしまったようで、これは現代でも色濃く残っており外国人蔑視というものもそこから生まれているようです。
著者がこういった誤った概念を正そうとして書かれた本書ですが、ハイブリットでは上手く伝わらなかったかもしれません。