爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「言語の興亡」R.M.W.ディクソン著

イギリス人でオーストラリア原住民の言語を研究し、オーストラリア国立大学の教授を勤めたディクソンさんが世界各国の言語と言語学研究のあれこれについて専門家として詳しい内容を(素人向けに?)解説したものです。あまり素人向けとも言えないようですが。

生物の進化には断続平衡仮説というものがあり、種の進化には長い平衡状態と突然始まるように見える変化の時期(中断期)とがはっきりと分かれており、急激な変化は集中して起こるというものですが、言語の変化にもちょうどそれと同じような様子が見えるというものです。

言語学はヨーロッパで発達してきたので、言語の系統というものや祖語が推定できるといったことも実はヨーロッパの諸言語に特有の現象かもしれないということです。そういった言語学の手法も世界の他の系統の言語には適用できないこともあるとか。

なんらかの祖語と言えるものがあったのかどうかもはっきりとはしていないようです。10万年ほど前には非常に少ない人口でしたが、その時にすでに言語があったかどうかも分かりません。
しかし、その後小さなグループに分かれて世界のあちこちに進出していったわけですが、ほんの数百年独立しているだけでまったく別の言語となることもあるようです。著者はそこで日本の研究者から得た知識として琉球語の例を挙げていますが、西暦700年頃には同一であったと見られる言語が1500年ころに再び密接な関係となるまでの間にはほとんど接触がなくなってしまい、独自の発達をしてほぼ別の言語となり相互の理解が不可能となりました。その間せいぜい800年だったそうです。

しかし、琉球語ばかりでなく世界のあちこちで小さな言語はどんどんと消滅して行ってしまいます。民族が征服され消滅してしまうということも多かったようですが、そこまで激烈でなくてもある程度以下の人口となってしまうと言語を保つことはできないようです。特に近年は学校教育で統一言語を使うと言うこともあり、またラジオテレビなどの放送でも弱小言語を使うことはなくどうしても共通語というものに収斂してしまう傾向がありそうです。
日本の現状でも方言がどんどんと失われていたり、琉球語がほとんど若年層では使えなくなったり、アイヌ語が消滅しつつあるとかそういった事例を見ると他人事ではないようです。
日本語はまだ1億人以上の使用者がある大言語ですが、アジアやアフリカなどでは英語が優越してしまっている国もあります。(南北アフリカではすでに現地語は消えました)グローバル化というものが進行すると言語も一つになっていくのかもしれません。

著者はそれでも現在まだ残存している言語を少しでも記録しておくということが重要だと記しています。