爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

飲酒運転根絶

秋の交通安全週間に入り、安全運動も盛んに行われています。
今年の運動の重点は3つあるようですが、その一つに「飲酒運転根絶」が挙げられています。
これだけ引き続き根絶運動が行われ、また報道されるだけでもその違反者に対する懲罰が厳しいものであるにも関わらず、減少はしているものの根絶までは行かないと言うのは情けない話で、さらに取り締まりを続けて頂くのはもちろんのことなんですが。

ただし、飲酒だけが交通事故の原因ではないのももちろんです。
数日前に京都で集団登校の小学生の列に車がつっこんだと言う事故がありましたが、この加害者も酒には関係ありません。
飲酒運転が根絶されたとしても、交通事故の犠牲者は半減もしません。

そろそろ、どれが主因か問い直してみなければいけないのではないですか。飲酒運転事故の主因は「車」であり、「酒」はその共犯者に過ぎません。

車は便利と思いながら、その害毒には目をつぶり営々として車社会の発展に手を貸してきたのが現代社会です。そのために社会の構造や形態が大きく変えられてしまいました。(崩されてしまいましたと言いたいところです)
私は今60歳になろうとしているところですが、記憶にも鮮明な青少年の頃には田舎であっても店があり、そこに近所の人が徒歩や自転車で買い物に来ていたものでした。品揃えは少なく価格は高いとはいえ、その存在は重要でした。
しかし、車に乗る人間がほとんどになってみると、車で行ける範囲に一つ大きなショッピングセンターができて小さな店は全部閉められてしまいました。その結果、年を取り車に乗れなくなった人々は日々の買い物すらできなくなりました。銀行・郵便局なども小さな支店はなくなりました。

このような車社会にしてしまった責任は皆が負わなければなりません。自動車事故というのもその一つなのかも知れません。