爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「本当のかしこさとは何か 感情知性(EI)を育む心理学」日本心理学会監修 箱田裕司・遠藤利彦編

人間の知性を測る方法としては、知能指数(IQ)がありますが、これは知性のごく一部のみを測っているにすぎないものです。

すくなくとも心理の働きとしては、感情と理性とがあるはずですが、その両方をつなぎ合わせるものとして、感情知性(emotional inteligence)というものが注目されるようになってきています。

現在、世界の心理学会ではEIについて様々な研究や応用が為されつつありますが、しかしそのEIというものが本当は何を意味するのかといった基本がきちんと議論を尽くされているとは言えない状況のようです。

 

本書はそういったEIをめぐる研究や議論の現状を整理して示すことで今後の発展を期するというものです。

そのため、編者の他に数名のEI研究者がそれぞれの専門分野の解説をしています。

 

EIというものの概念というものもはっきりと整理されているとは言えないようです。

IQの概念に含まれる言語的能力や論理数学的能力等の他に、対他的な能力(他者の感情や意図の理解能力)、対自的能力(自分の心的状態の確知、識別の能力)など人の心の全体的な賢さと言えるものがそれです。

また、知能論者スタンバーグは人の知能というものが分析的能力、創造的能力、実践的能力からなるとしていますが、その実践的能力というものがEI的なものであろうということです。

ただし、EI的能力ということについても、研究者の中で変遷が起きておりいまだ決まってはいないようです。

 

EIが能力であるというならば、それを測る方法というものがあるはずであり、色々と考えられています。

パフォーマンス法と自己評定法とがあるようですが、パフォーマンス法は日本ではまだ開発されていません。

自己評定法というものは、古くから性格検査に用いられてきたものと同様の手法で行われるようです。

こういった評価でEIが高いとされる人たちは、一言で言えば外向性、開放性であり、感情を動かした事物に対しての記憶が優れ、学業成績とも相関するようです。

 

EIはIQと異なり適切な方法で上昇させることができるようです。

小学生や中学生に対して、実験的なプログラム実施を行なっており感情のコントロールといった方向で向上することがあるようです。

また、こういった面で非常に問題のあるのが非行傾向のある青少年ですが、そういった人々に対する教育も研究されています。

 

ただし、やはりEI測定という方法には客観性の維持ということが問題となるようで、その方法論自体にまだ問題が残っているようです。

 

この本の記述は研究者それぞれの考えを示しているのでしょうが、やはりまだ発展途上の学問であるという印象が強いものでした。

IQだけでは人間の能力が測れないということは間違いのないことでしょうが、それを補う評価法としてEIが使えるようになるのかどうか、まだ分からないというところでしょうか。

 

本当のかしこさとは何か:感情知性(EI)を育む心理学 (心理学叢書)

本当のかしこさとは何か:感情知性(EI)を育む心理学 (心理学叢書)

 

 

「横浜黄金町パフィー通り」阿川大樹著

私は小説は原則として読まない、特に現代小説は。と言っていたんですがちょっと関わりがあって阿川大樹氏の「横浜黄金町パフィー通り」を読んでみました。

 

横浜の中区黄金町とは、京浜急行で横浜から逗子方面に3つめの黄金町駅周辺ですが、つい最近まで違法な売春地帯として有名だったところでした。

この本はその黄金町が住民たちの運動によって売春追放に成功するまでを、ドキュメンタリーではなくフィクションとして描いたものです。

あとがきにもあるように、「この物語は実在する町とその歴史を題材にしていますが、あくまでもフィクションであり、事実関係において必ずしも現実と一致するものではありません」ということです。

 

ただし、実際にこの町が違法売春地帯から抜け出したことは事実でしょうし、それがどの程度脚色されているのか少し分かりにくいものです。

 

導入部は、運動成功後に写真を撮るのが好きで町に訪れる女子高生を主人公としていますが、これは架空の人物だろうとは思います。

しかし、その他の登場人物である町の住人たちはモデルとなった実在の人物が居たのではないかと思わせるようなものになっています。

 

売春を稼業とする店は終戦後のドタバタに乗じて京浜急行のガード下に居座り営業を続けていました。

最初は日本人女性が主であったのでしょうが、その後はアジアからの出稼ぎ違法入国者によって続けられていました。

暴力団の資金源として使われていたようです。

それが、阪神淡路大震災の影響で京浜急行も高架線路の耐震工事補強をしなければならないということになり、ガード下の店も立ち退きを迫ることになりました。

それで、売春地帯も解消されるかと思ったら付近の住宅などを買い上げてそちらに移転して続けるということになってしまいました。

それで町を破壊された住人たちが追放運動を組織し、ちょうど行政側の動きとも一致して浄化に成功したというのがあらすじですが、それを架空の登場人物の物語として色々な方向から描き出しています。

 

違法営業店の追放には成功しても、それらの店舗は空き家のまま放置され、その人々や客を相手にしていた飲食店なども閉店を余儀なくされるなど、町の再生にはまだ長い時がかかりそうです。

 

著者が単なるドキュメンタリーではなくフィクションとしてこの物語を作り上げた趣旨は何だったのでしょうか。

やはり人の心の動きを活写するのはドキュメンタリーでは難しかったからでしょうか。

それが、単に売春店追放に成功して良かったというだけに留まらない地域の問題の描写にも表れているのかもしれません。

 

横浜黄金町パフィー通り (文芸書)

横浜黄金町パフィー通り (文芸書)

 

 

「地球の履歴書」大河内直彦著

大河内さんの本は以前にも読んだことがあり、地球科学の分野以外にもエネルギー資源等の議論も肯ける論旨と感じました。

sohujojo.hatenablog.com

この本は統一したテーマというわけではなく、地球科学に関する様々な文を集めたというもののようです。

 

第2章で語られているのは、海底の地形についてのことですが、これが地球科学全体の見方にも影響を与えました。

海底がどのようになっているかということは、意外に新しい時代まで不明であったようですが、その探査の歴史もやはり戦争が絡んだ話です。

ソナーを用いた海底調査というものができるようになったのもその頃ですが、それでようやく海底にも巨大な海山があることが分かるようになりました。

ギヨーと名づけられたものは、かなりの高さがあるものの頂上が平らになっている盆状のものです。そして、それはほとんど西太平洋の深海に集中しており、さらに白亜紀にできたものであることが分かってきます。

サンゴ礁に由来する石灰岩は元々は浅い海にできたはずです。それが深海に沈み込んでいるということから、プレートテクトニクスにつながりました。

 

そのような石灰岩が大量に作られたのが白亜紀と言う時代でしたが、そこではそれと同時に石油の元となるヘドロのような有機物も大量に作られていました。それが石灰岩の蓋をかぶせられることによって熟成し石油になりました。

しかし、同時に1億2000万年前という時期には地球史上でもまれに見る大規模な火山活動が起きた時代でもあったようです。

通常はマントルはゆっくりと対流し地表からの熱エネルギー放射を引き起こしているのですが、それだけでは地中の深い部分の熱が徐々に上がってきてしまい、あるところで限界を越えて急激に膨張して地表に湧き上がってきました。

この時期に出来上がった火山性台地は、アメリカのコロンビア川流域やシベリア・トラップデカン高原のデカン・トラップなど大規模なものが世界中に広がっているということです。

 

海の水は地表の温度によって膨張したり収縮したりを繰り返してきました。

今からわずか2万年前、古代文明縄文時代の直前の頃には最後の氷河期でカナダやヨーロッパも厚い氷河に覆われていました。

実はその前の今から10万年前には現在と同じような温暖気候であり、海岸線も現在に近いものでした。

それが氷河期までに130mも海面が下がったことになります。

 

津軽海峡も陸続き、対馬海峡もわずか2kmほどの水路にまで狭まってしまいました。

このため、現在対馬海流と呼んでいる暖流は日本海に流れ込むことがなく、日本海の海水温も低下しました。

現在の気候で冬に大量の積雪を日本列島にもたらしているのは、日本海に温かい海流が入り込み大量の水蒸気を供給しているからです。したがって、氷期にはほとんど日本には雪は降らなかったようです。

 

それが温暖化に伴い海面が上昇していきました。それは今から14500年前のことです。

海面上昇のスピードは1年に5cm以上になりました。現代の急激な海面上昇といっているスピードのさらに20倍の速さでした。

実は、この現象は世界中で同時に起きていました。

すでに文明化の玄関に入り込んでいた人類には記憶を残す方法を持っている者もいました。

彼らが覚えていた、このような海面上昇が「ノアの洪水」のような洪水伝説として世界各地に残っているのではないかということです。

これは、場所によっては「ムー大陸」や「アトランティス大陸」の伝説となっている場合もあるのかもしれません。

 

あとがきには、著者は「いつの時代にも人類社会は近々破綻すると主張する論客はいたが、科学や技術の成長により回避された。今後も技術革新で乗り切れる」と論じています。

これは少々甘いのではと感じます。これまでも「エネルギー供給の縮小」ということは解決されていません。これがこれからの焦点ではないでしょうか。

 

まあ、この誤解をしている中には科学者でもほとんどの人が含まれますので仕方のないことですが。

 

地球の履歴書 (新潮選書)

地球の履歴書 (新潮選書)

 

 

「日本の火山 ウォーキングガイド」火山防災推進機構編

著者は特定非営利活動法人火山防災推進機構のメンバーで、各火山の研究者が主ということです。

そのため、各地の火山をできるだけ歩いて見てもらいたいと思いながらも、決して事故があってはいけないということから諸注意もあちこちに書かれています。

 

全国の22箇所の火山を、できるだけ徒歩で見て回るという趣旨で、かなり細かな道筋から火山の見どころ、知らずに見たら見過ごしてしまうような火山独特の地形など、火山の好きな人が実際に持って回るには都合よくできたガイドブックですが、行こうとまでは思わない人でも読んだだけで見たような気分になれるというものでもあります。

 

ただし、どうしても火山活動が盛んな地域が取り上げられているためか、北海道、東北と関東周辺、それに九州の火山は数多くありますが、中部・近畿・四国はありませんでした。(富士山や浅間は中部周辺、神鍋山は兵庫県ですが)

 

それにしても、こういった有名火山を見回してみるとそのほとんどが主要な観光地であると言えます。

それだけ、火山というものが日本の風景を形作っているということでしょう。

 

私もこれまでに、本書に取り上げられている22箇所の中で、上まで登って火口近くまで見たのが、草津白根山箱根山阿蘇山雲仙普賢岳、そして周辺近くまで観光で回ったのが、富士山、伊豆東部火山群、浅間山鶴見岳九重山霧島山姶良カルデラ桜島とありました。

 

草津白根山などは高校時代に火口近くまで上がり池の光景も見たのですが、本書によれば現在は火山活動が活発で火口はおろかかなり離れたところまでしか入れないようです。

 

北海道駒ケ岳はこれまでの噴火活動はほとんど前触れなしに突然起きてしまったようです。

この本の記述に惹かれて出かけるにしても、細心の注視を払って行ってほしいものです。

 

日本の火山ウォーキングガイド

日本の火山ウォーキングガイド

 

 

「教科書では学べない世界史のディープな人々」鶴岡聡著

著者の鶴岡さんは歴史の専門の研究者というわけではなく、塾の講師などをされているようですが、この本で取り上げられている人々はあまり有名であるわけではないものの、こうやってその人生を描くとそれぞれがまた独自の輝きを持つように思えます。

 

「あまり有名ではない人々」と書きましたが、中ではハンニバルダヌンツィオ、ガロワ、ピエール・キュリーはそう言っては申し訳ないかもしれません。

 

しかし、1170年にカンタベリー大聖堂で4人の騎士に惨殺された大司教トマス・ベケットなどという人の名は私も初めて聞きました。

プランタジネット朝の祖ヘンリー2世の腹心であったベケットは王と仲違いをしたために、王の意志を忖度した騎士たちによって暗殺されました。

まだ十分に勢力の強かったローマ教皇はトマス・ベケットをすぐさま聖人に列し、型ベリーは巡礼の地として栄えることになります。

チョーサーの「カンタベリー物語」もその巡礼たちを描いたものです。

 

19世紀末のフランス第3共和制は弱体化と腐敗で危機的状況だったのですが、そこで急速に力を得たのがジョルジュ・ブーランジェでした。

陸軍大臣に就任した彼は政府改革を進め、旧王室関係者の排除に成功します。

ブーランジェの人気は上昇し、国家元首に推挙する動きも強くなりました。

このまま行けばナポレオンのように皇帝就任もあり得たかもしれません。

しかし反対派のギリギリの攻防で反逆者と認定されてしまいます。

もう少し押すべきタイミングを掴んでいれば。

 

サッカーの試合が戦争にまで及んでしまったとして有名な、1969年のホンジュラスエルサルバドルとの間のワールドカップ予選と、その後の戦争ですが、やはりあくまでもサッカーはそのきっかけに過ぎず、それ以前に植民地時代からの大農園経営と、そこから逃れた農民たちの不法移民化をいった問題が根底にあり、どちらの国民にもその矛盾が重くのしかかっていたためでした。

サッカー戦争」と呼ばれますが、その本質を見逃せば誤った観念を持つかもしれません。

 

やはり、有名であろうが無名であろうが誰もが精一杯人生を送ってきたということなんでしょう。

 

 

「”科学的”って何だ!」松井孝典、南伸坊著

科学全般を誰にも分かりやすく説明しようとして、科学にはまったく素人と見える有名人と、科学者とが対談をして行くという、よくある作りの本です。

 

素人として出場してきているのが、イラストレーターの南伸坊さん。

科学者の方が、東大の惑星物理学の教授の松井さんということです。

 

導入部は「血液型性格判断」がなぜ科学的ではないかということから始められています。

これは「科学的には無意味」であることは明らかですが、そこをいかに素人にも分かりやすく説明するかということで科学者の力量が問われます。

「性格というものは脳の中のニューロンの回路の接続の仕方の話なので、血液中のある物質の型がどうこうということが関係あるはずがない」という論理で言い切っていますが、これで「誰にでも判る」かどうかは知りません。

 

その後は松井さんの専門分野である物理について、時間旅行や宇宙の果て、ブラックホールなど、物理学とSF小説の狭間のようなところを取り上げていきます。

 

また、日本の現状について、不合理がまかり通る社会になってしまっているという認識から学校教育の失敗についても言及しています。

理数系はやはり我慢して勉強することが必要ということです。

 

読み終えても、あまり「判ったような気にさせてくれない」ように感じました。

 

「科学的」って何だ! (ちくまプリマー新書)

「科学的」って何だ! (ちくまプリマー新書)

 

 

「なぜ大国は衰退するのか」グレン・ハバード、ティム・ケイン著

大国の興亡というものについては、これまでも様々な人々によって分析され記述されてきました。

この本はアメリカの二人の経済学者が、歴史上および現代の大国の興亡を、行動経済学、制度経済学、政治学の知見をもとに読み解き、経済的不均衡が文明を崩壊させ、経済的な衰退が制度の停滞により引き起こされたことを明らかにしたものです。

 

取り上げられている国は、古代ローマ帝国、明朝中国、スペイン帝国オスマン・トルコ帝国、日本、大英帝国、ユーロ圏、現代カリフォルニア州、そして米国です。

 

ポール・ケネディの大著、「大国の興亡」を出発点としていますが、その主張の「帝国の拡大しすぎが衰退の原因」という結論は否定し、経済の不均衡を解決できない国家の政治的停滞が衰退の真因であるということを述べています。

 

例えば、古代ローマ帝国では、経済的不均衡は財政面・金融面・規制面にあらわれており、政治的な原因として福祉国家の拡大、中央集権化した統治、軍事独裁が関わっていたとしています。

 

日本についての分析は、1994年に転換点を迎え、財政面・構造面での経済的不均衡があり、政治的原因としては、特定利益集団や中央集権的官僚制に比べて民主制が脆弱なこととあります。(これは当たっているか)

また、新重商主義を経済成長策とするヒューリスティック、大規模な銀行や企業による損失回避が行動面での機能不全であったとしています。

 

もちろん、アメリカについての分析がこの本の主題ですが、アメリカの政府財政はすでに長期の負債超過で機能不全に陥っています。

これは、歴史的に戦争を理由とした財政赤字拡大というのが主因であったものが、最近の赤字は「エンタイトルメント支出」であると言っています。

このエンタイトルメント支出というのは、容易に削減できる裁量支出とは異なり、公的医療保険や扶助制度、社会保障費といった簡単には削減できない性質のものを指します。

これが財政を圧迫する限り赤字脱出は難しいものです。

 

しかし、著者は民主制が機能する限りはアメリカが再生するだろうという希望を抱いています。

経済の問題もまず、憲法の原則に立ち返ることで政治を正し、難題を解決することで再び比類なき経済大国に導ける経済成長を成し遂げられるだろうとしています。

 

このような夢を抱くのが本当に必要なことなんでしょうか。

 

なぜ大国は衰退するのか ―古代ローマから現代まで

なぜ大国は衰退するのか ―古代ローマから現代まで