爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ローマ貴族9つの習慣」マルクス・シドニウス・ファルクス著、ジェリー・トナー解説

古代ローマ帝国の貴族の生活や習慣などについて、帝政ローマで執政官も務めたという上流貴族のマルクス・シドニウス・ファルクスさんが、現代人向けに書いたということになっていますが、そんなはずはなく、実際に書いているのは当然ながら解説者として登場しているジェリー・トナーさんです。

トナーさんはケンブリッジ大学の研究者ということですので、古代ローマについても精通しているということで、あたかも実際に古代ローマに住む貴族が現代人にあてて説明しているかのような風情であり、おそらく内容にも間違いはないのでしょう。

 

このような構成の本を以前に「奴隷のしつけ方」と題して出版し、そこそこの売れ行きを達成したということで、二匹目のドジョウを狙ったのでしょうか。

 

古代ローマの人々の生活や習慣、意識といったものは、現代のヨーロッパ人とは大きく異なっているということは知られていることでしょう。

ローマもキリスト教を受け入れそれを国教とするようになってから人々の意識も大きく変わっていき、それで古代ローマ帝国は滅亡したと信じられています。

そうであれば、古代ローマ貴族の意識を覗くことでまた繁栄の基が作られるかも知れません。

 

そんなわけで、本書はローマ貴族として地位と資産を築くにはどうすればよいか、貞淑な妻を娶るにはどうすればよいか、等々、古代ローマの各種の記録を十分に駆使して説明しています。

ハイライトは、第7章の「ローマ人の精神を身につける」といったあたりでしょうか。

未だ堕落の道に陥っていなかった時代のローマ貴族は、国家のために身を捨てるという英雄譚が好みであったのでしょう。

そして、最終章の「誉れ高く死ぬ」に続いていきます。

 

なかなか面白い読み物ですが、ヨーロッパ人の読み方と日本人の捉え方はかなり異なるかも知れません。

テルマエ・ロマエで描かれたように、風呂好きでつながる日本人は古代ローマ人の意識と近かったのでしょうか。

 

ローマ貴族9つの習慣

ローマ貴族9つの習慣

 

 

「廃線紀行 もうひとつの鉄道旅」梯久美子著

私も子供の頃から鉄道好き、模型や列車の写真撮影などをやってきましたが、「廃線」にはまったく興味を感じませんでした。

しかし、それなりに見どころや深味があるようです。

 

廃線というものが全国に何か所あるかも知りませんが、本書では著者の梯さんが実際に歩いて訪れた(著者は車の運転ができないそうです)、ものの中から精選した50箇所を紹介しています。

とはいえ、限られたページですので、写真が1枚、地図が全体図1枚、詳細図1枚で、全4ページずつとなりますので、あまり詳しく説明されてはいません。

 

鉄道が廃止された跡の廃線というものは、ある特徴があります。

それは、トンネルと橋梁はかなり残っている可能性が強いということです。

レールは金目のものですからすぐに外しますし、駅の遺構もよほど残したいという人がいない限りは失われやすいのですが、トンネルと橋梁、特に橋桁は取り壊すのにも費用がかかり、残っているからと言ってそれほど邪魔にもならない位置にあることが多いので、廃線後長い時間が経ってもそのままということが良くあるようです。

 

取り上げられた50箇所は、名前だけは知っているというところもあまりないほどで、初耳ということが多かったのですが、よく知っている場所や関係があったところなど数箇所ありました。

 

千葉県の千葉市津田沼市の周辺には、かつて陸軍の鉄道連隊というものが置かれ、その所在地に近かった現在の千葉公園には兵士の教育用に作られた演習用橋脚と演習用トンネル(といっても長さ数m)が残っているそうです。

実は私の亡父が戦争中に召集され所属したのが鉄道第2連隊でした。

もう若くはなかったので、終戦間際の追加召集だったようです。

当時の話もそれほど聞いたことはありませんが、もしも第1連隊だったら海外に派遣されて生きてはいられなかっただろうと語っていました。

 

姫路市営モノレールというものがあったようです。

現在、娘の一家が姫路に住んでいますので、何度か訪れていますが、このようなものがあったとは何も知りませんでした。

1966年、姫路博覧会というものが開かれた時に、姫路駅から会場の手柄山までの間のわずか1.6kmで運行したそうです。

しかし、元々ほとんど需要も無かったところなので、その後すぐに運行停止、わずか8年間の期間だけだったそうです。

ただし、現在でもモノレールの支柱や桁が撤去もされずにあちこちに残っているとか。

今度行った時には見てやろうと思いました。

 

上述したように、橋桁やトンネル跡というのは比較的残りやすいのですが、「築堤」というものが珍しく残っているのがJR宇部線の旧線だということです。

築堤というのは、線路を水平にするために低いところには土を盛って一見堤防かと見えるようなものに作られるものですが、廃線されてもそのまま残っているということは少ないようです。

宇部線岩鼻駅から旧宇部新川駅までを結んでいた旧宇部線は、1952年に新線に付け替えられ廃止されたのですが、線路の跡はほとんどが道路に転用されているものの、厚東川沿いの一部にだけ築堤が残っているそうです。

築堤と川の風景が美しくいつまでも記憶に残るものだったとか。

 

梯さんは本職はノンフィクションライターとか。

さすがに上手い文章で、旅心をくすぐられるものでした。

 

カラー版 廃線紀行―もうひとつの鉄道旅 (中公新書)

カラー版 廃線紀行―もうひとつの鉄道旅 (中公新書)

 

 

「抗生物質と人間 マイクロバイオームの危機」山本太郎著

抗生物質という薬の登場で、多くの感染症が治るようになりました。

しかし、その一方で抗生物質の使いすぎで薬剤耐性菌というものが増加し、それに感染して亡くなるという人も増えています。

巻頭には、この抗生物質により生命を左右された例として、著者の祖父母の死が説明されています。

父方の祖父母は第2次大戦の頃に相次いで結核感染で亡くなります。

あと数年経てばストレプトマイシンの製造が間に合って亡くならずに済んだことでしょう。

そして、母方の祖母は1980年に盲腸手術からの薬剤耐性菌感染で亡くなります。

これも抗生物質の影の働きのためと言えるでしょう。

 

このように、抗生物質感染症を劇的に治療することができる一方、耐性菌を生み出して難治療感染症を作り出してしまったという面も持っています。

 

しかし、この本で著者が述べているのは、抗生物質はそれらよりはるかに広い範囲に影響を及ぼしているということです。

特に経口で使われる抗生物質の作用のために、腸内細菌がバランスを崩されて大腸炎が引き起こされるということは知っていましたが、それ以上の大きな影響を与えているのではないか、その提起は非常に興味深いものでした。

 

現代社会において、急速に患者数を増やしている病気というものがいくつかあります。

肥満、喘息、食物アレルギー、花粉症、アトピー性皮膚炎、糖尿病といったものです。

これらの病気の原因はあれこれ挙げられていますが、実はその根底には「マイクロバイオーム」つまり人体の中の微生物叢、特に腸内細菌叢が抗生物質によって崩されているためではないかというのが著者の仮説です。

 

もちろん、肥満や糖尿病は栄養の取り過ぎと運動不足、アレルギーは免疫異常といった原因はあるのですが、その奥底にあるものは、人体と微生物が守ってきたバランスを失ったことにあるのかもしれないということです。

 

これまで人類史上でそういったヒトマイクロバイオームの変化が大きく起こったのは、10万年以上前に食物の調理を火を使って行なうようになった時、そして1万年ほど前に農耕が開始されそれまでの動物性蛋白質中心の食から穀物中心に移行した時であると考えられます。

そして、今回の抗生物質による微生物叢の変化というものは、それらの変化以上の影響を人体に与えているようです。

 

体内の免疫機構は、「他者を攻撃する」はずですが、それならなぜ腸内細菌などを攻撃しないのか。

よく考えてみれば不思議な話です。

これは、人間が中心であるという考え方をしていると見逃すことであり、実は人体と微生物叢というものが一体となって形作られているヒトマイクロバイオームとして見なければならないのではないか。

その考え方が必要なのかもしれません。

 

本書の中ではいろいろなエピソードを紹介してありますが、その中で非常に興味深いものがいくつかあります。

 

家畜に抗生物質を投与すると、体重の増加が促進されるということで、動物用の抗生物質が多く出回り、それによって耐性菌も増えるという問題点が指摘されてきました。

これがなぜ起きるのか、その機構は明確に解明されているとは言えないのですが、実はこれは「人間」にも起きているのではないか。

つまり、乳児のごく早い時期から抗生物質投与をすると、その後肥満になりやすいと言えるのではないか。

現在では出生後ごく早い時期から感染症にかかると抗生物質投与というのが普通なので、これを確かめるための「対照区」が得にくいのですが、どうやらその傾向があるようです。

 

出産時に多くの事故が発生し、母親と出生児の双方が生命の危険にさらされるということが多かったのですが、それに対し「帝王切開」での出産という方法が編み出されました。

これで失われかねなかった生命が多く救われるようになったのですが、最近では「痛みが少ない」とか「妊娠前の体型に戻りやすい」といった理由で行われることが増えており、特にブラジルや中国などでは半数近くの出産が帝王切開で行われています。

実は、通常の出産に際しては、子宮や膣内で母親の体内の羊水などを飲み込みながら生まれてくるために、母親の細菌叢が子供に受け継がれるという作用があるそうです。

これが帝王切開では無くなります。

その影響もあり得るのではということでした。

 

顕微鏡というものを作り出し、はじめて微生物を観察したと言われる、オランダのレーウェンフックという人が居ますが、彼は1632年10月にオランダ南西部のデルフトという街で生まれました。

そして、同じデルフトで1週間後に生まれたのが、かの画家フェルメールであったそうです。

二人の間に交友関係があったのは間違いなく、フェルメールの遺産管財人を務めたのはレーウェンフックであったという公式記録が残っています。

それ以上は想像ですが、もしかしたらレーウェンフックが観察しスケッチを残した微生物の絵にはフェルメールの助力もあったかもしれないということです。

 

非常に面白い観点から抗生物質と人体の関係を見たものでした。

著者ももちろん抗生物質の有用性を認めてはいます。

しかし、「乱用」は慎むべきということです。

アフリカやアジアでは、医者にかかる金もない人たちが病気になると、市場で抗生物質を買ってきて素人診断で飲むそうです。

それがどのようなことにつながるのか。

証明するのは難しい領域の話でしょうが、きちんと考えるべきことでしょう。

 

 

「日本の死活問題 国際法・国連・軍隊の真実」色摩力夫著

著者の色摩さんは外務省に入省し外交官も務め、1970年代に赤十字国際委員会で戦時法規の改定作業というものをやった時には日本政府代表として参加したそうです。

(といってもその時にその分野の専門家であったというわけではなく、他の部署からの参加者がまったく出なかったために仕方なく行ったとか)

 

そんなわけで、国際法や国連の実情、そして軍隊というものについても非常に詳しい(一面では)ということのようです。

その目から見ると、現在の日本の世論というものは、そういった面の知識が欠如したままに作られているために、世界の実情からはかけ離れたものとなっており、危ういものと言うことです。

 

まあ、あまりにも専門家であったために目に入らないこともあるかもしれませんが、基礎知識としてこういった人の意見を見ておくのも参考にはなるかもしれません。

 

先の大戦第2次大戦)の終わり方という点では、日本とドイツとは大差があったようです。

日本は終戦時にはまだ一応政府というものが存在しており、国家として降伏手続きができました。

しかし、ドイツでは政府が壊滅しており、連合国が占領したまま新たな政府を作らせるということになりました。

 

日本の終戦はどうであったか、これはまずポツダム宣言受諾ということで降伏しました。

これは軍隊レベルの手続きです。

あらゆる戦闘行為がここで終了します。

そこから、国家レベルの終戦手続きに入ります。

交戦した国家の間で平和条約(講和条約)を作って調印し、双方の国家がそれを批准することで戦争が「法的に」終了することになります。

これが近代国家間の戦争終結の慣習となっていました。

 

しかし、第二次世界大戦の終了後には、「国連」というものを作ったために、これが歪められました。

 

国連(国際連合)はUnited Nations の訳語として作られた日本語です。

しかし、United Nations とは、実は大戦時の「連合国」の意味でもありました。

同じ英語を使っていながら、戦争時は「連合国」、終戦後は「国際連合」と訳し分けたのは日本人が国連というものの性格をわざと隠そうとしたためだとか。

 

国連には今でも「旧敵国条項」というものが残っています。

旧敵国といっても、ほとんどの国は終戦以前に連合国側に寝返っていますので、それに当たるのは日本とドイツだけです。

国連が平和主義とは言えないというのは、このような国連発祥時の性格がそのまま残っているからです。

このような国連の安全保障委員会常任理事国に、日本がなろうというのはまったくありえない話だということです。

 

自衛隊を軍隊として認めようという風潮ですが、現在の日本の自衛隊は軍隊としては武力は一人前以上の実力ですが、統治方法としては警察に毛の生えた程度のものでしかなく、それをしっかりと決めなければ軍隊とはならないそうです。

 軍隊というものは、どこの国でも行政組織ではなく、行政立法司法の三権と並立して存立する第4の権力というところに位置づけられます。

しかし、日本の自衛隊は行政機関そのものになっています。

そのため、軍隊としての本来の機能を発揮できません。

しかし、武力だけは備えているために他国から見れば軍隊そのものです。

その格差が激しいために、もしもアメリカが防衛から手を引き日本が独自の防衛をするようになったら何もできないだろうということです。

 

まあ、おそらくそうなんだろうなと半信半疑のような読後感の本です。

これを判定するには、さらに多くの勉強が必要なようです。

 

日本の死活問題 国際法・国連・軍隊の真実

日本の死活問題 国際法・国連・軍隊の真実

 

 

「マグマの地球科学 火山の下で何が起きているか」鎌田浩毅著

火山学者として有名な鎌田さんの本はこれまでにも読んでいますが、「マグマ」そのものについて詳しく説明されている本書は、非常に興味深い内容です。

 

別の本で、「マグマはプレート運動で海水がマントルと触れ合ってできる」ということを知り驚きました。

しかし、この本で「マグマのでき方にはいくつもの過程があり、水と触れるというのもそのうちの一つである」ということを知りました。

これも驚きです。

 

マグマができ、それが地上に噴出するということも、プレートテクトニクスによるものです。

それは、大陸が移動するという学説から発展してきました。

ドイツの科学者ウェゲナーが1912年に大陸移動説を発表したときにはほとんど受け入れられませんでした。

それが他の現象からの証拠も集めて実証されてきたのはようやく20世紀も後半になってからのことでした。

 

火山活動はプレートの動きから起きているのですが、その場所によりその性格も異なります。

地下から続々とマグマが上がってくる中央海嶺(拡大軸とも)では常時大量のマグマが湧き出してきます。

そのプレートの一番先端、他のプレートと衝突して沈み込む部分では、海水がプレートに巻き込まれて沈んでいき、それが地下のマントルと混じり合ってマントルを溶かし、マグマとなって岩の隙間を伝って地上に吹き出します。

これが日本などの島弧での火山爆発です。

それ以外にもホットスポットという地域もあります。

ハワイがそれに当たるのですが、大洋の真ん中に熱が特異的に上昇してくる場所があります。

デカン高原洪水玄武岩と呼ばれる大量のマグマ流出の名残もその1種だったと考えられています。

イエローストーンの巨大カルデラ噴火もこれだったということです。

 

マグマがどうやってできるかを調べるには、地球内部の構造の研究が進むことが必要でした。

様々な方法によって捉えられたその構造は、中心に固体状の金属の内核、そして液状の金属の外核があり、その外側に固体の岩石のマントルがあります。

マントルの外側に薄い岩石の地殻があります。

マントルは非常に高温なのですが、圧力が高いために固体となっています。

マントルの上部、地下100から250km程度のところでは、岩石の主成分珪酸塩が溶解する温度である1000度以上の温度ですが、圧力が高いために固体となっています。

そこに何らかの刺激が加わり液状になってマグマとなるわけです。

固体状のマントルですが、それでも徐々に対流で移動します。

それが地表に近づいた場合、圧力が減少するためにそのまま融解してマグマとなることがあります。

また、何らかの揮発性物質、水や二酸化炭素、フッ素などが地下に入り込んでマントル接触しても液状化してマグマとなることもあります。

 

このようなマグマのでき方により、マグマの成分も違ってきます。

そのため、地域によって、また火山一つ一つによってマグマの成分が異なるということになり、著者にとっては「非常に面白い」ということになります。

 

マグマに代表される地中の熱源というものをエネルギー源として利用しようとする、地中エネルギー開発はエネルギー供給不安がある中で進められています。

マグマに直接触れて熱源としようとする研究は、アメリカなどのマグマが流動している火山などで実施されていますが、成功例はないようです。

また、マグマに触れた地下水の熱を利用するということが広く研究されていますが、なかなか難しい問題が多いようです。

 

火山の爆発などでよく聞く「マグマ」ですが、いろいろな面があり興味は尽きないようです。

 

マグマの地球科学―火山の下で何が起きているか (中公新書)

マグマの地球科学―火山の下で何が起きているか (中公新書)

 

 

「大絶滅時代とパンゲア超大陸」ポール・B・ウィグナル著

生物の大絶滅というと、白亜紀末の恐竜を絶滅させた隕石の衝突が有名ですが、実はその前の時代のペルム紀から三畳紀にかけて起きた絶滅の方がはるかに多くの生物を死滅させました。

その原因については未だ明確となっているわけではなく、様々な学説が出されて確定はしていませんが、この専門の研究者である著者のウィグナル教授がその全体像を解説しています。

 

2億6000万年前のペルム紀から1億8000年前のジュラ紀中期までの間に、大きな絶滅が6回起きています。

本書では、そのうち特にペルム紀末の2億5000年前の大絶滅と三畳紀末の2億年前の大絶滅を詳述しています。

 

その当時は地上の大陸が1つの超大陸パンゲア」にまとまった時代でした。

実は、その事実が大絶滅にもつながっているというのが著者の学説です。

 

3億年前に南半球の巨大な大陸ゴンドワナが北方のローラシアという大陸と衝突し巨大なパンゲアという大陸ができました。

そして、ペルム紀に入ってシベリア東部がさらにパンゲアに衝突し、全大陸がほぼ一つの超大陸となりました。

その衝突の衝撃が作用し、シベリア・トラップと呼ばれる「洪水玄武岩地域」という地層を生み出しました。

そこでは、現在見られるような通常の火山活動とは桁違いの大噴火が起き、膨大な溶岩が数百キロにもおよぶ地域を覆い尽くしました。

これを「巨大火成岩岩石区」(LIPs)と呼び、その後も数回起こっています。

 

この2つの事象、パンゲア+LIPs=大量絶滅 というのが著者の主張です。

 

シベリア・トラップが引き起こした大絶滅は、ペルム紀末の2億5200万年前に始まるものでした。

海洋に住む多くの生物は完全に消滅しました。

例外は軟体動物と魚類の一部で、その絶滅時代を生き延びてその後の発展につながりました。

地上の生物もほとんどが死滅し、わずかに淡水水域に生育するものと、小さな植物のみが生き残りました。

また極地に生物の生き残りが見られることから、非常な高温化が起きたことが分かります。

これらの激変の原因は、シベリア・トラップの大量の溶岩から放出された火山ガスや二酸化炭素による環境変化と考えています。

これらの影響により海洋の酸性化、気温の上昇が起き、海洋の広い範囲で無酸素状態が発生し海洋中での生物の大量絶滅が起きました。

このような高温化は地上生物の絶滅には直接はつながらなかったようで、そちらには大量のハロゲン物質の放出によりオゾンの消失と紫外線の増加が考えられています。

 

一旦ほとんどの生物が絶滅した三畳紀ですが、その後半には生物が劇的に回復し繁栄します。

魚類や二枚貝類は適応放散を遂げ多様な植物と動物が出現しました。

地上でも比較的寒冷であった極地周辺で生き延びたものが冷却化とともに地上に広がっていきました。

 

三畳紀の末期には、またもかつてと同様のLIP形成が起こりました。

現在のモロッコに当たるところで始まった火山活動は、どんどんと広がり現在のアメリカ東部にまで広がっていきました。

そこから生物絶滅に至る過程はかつてのものと同様でした。

ただし、以前の絶滅と完全に同じではなく、違った要素もあった可能性があります。

 

このような地球温暖化による大量絶滅からの回復には、海洋無酸素化が発生することにより有機物が分解せずにそのまま埋没し、そこに二酸化炭素が取り込まれて空気中の二酸化炭素濃度が減少し、地球寒冷化につながったのではないかと考えられています。

そして、そのような海底への有機物埋没が起きるような、浅海が大陸がすべて一つにまとまっていたパンゲアの時代には非常に少なかったと見られます。

 

その後、パンゲアは徐々に分裂し今につながる諸大陸の時代になりました。

そうなると、実は大陸周辺の浅海というものも面積も広がっていきます。

そこに有機物が埋没することで空気中の二酸化炭素を地下に戻すことができ、それ以降は大絶滅につながらなくなったのではないかというのが推論です。

 

生物の大量絶滅というものは繰り返し起きたというのは事実ですが、その原因を探るというのは難しいものでしょう。

パンゲアという超大陸と、そこでの激しい火山活動がこの結果をもたらしたという著者の説は説得力があると感じます。

 

大絶滅時代とパンゲア超大陸: 絶滅と進化の8000万年

大絶滅時代とパンゲア超大陸: 絶滅と進化の8000万年

 

 

「炎上とクチコミの経済学」山口真一著

「炎上」と「クチコミ」、どちらもネット社会特有の現象としてよく耳にするようになりました。

著者の山口さんは計量経済学がご専門ということですが、ネット関係にも詳しい方のようです。

あとがき、に正直に書いてありますが、以前に「ネット炎上の研究」という本を出版されたのですが、あまり売れなかったそうです。

そこで、出版社からの「今度はビジネス書として出してみたら」という助言のもとに書いたのがこの本だということです。

 

そのためか、対象も企業の情報担当者などとし、図表やグラフも載せられているもののさほど学術的なものとはせず、わかりやすい実例を散りばめるという、読みやすいものとなっているようです。

 

PCでのネット接続でかなりインターネット社会となりましたが、その後のスマホの爆発的流行で、国民のほとんどがネット社会住民となる状態がやってきました。

その中で、ネットを十分に活用して企業活動を行っている会社もありますが、一方では一応ホームページは作ってみたけれどという程度の会社もまだ多く残っています。

 

特に、ソーシャルメディアを活用しているという企業は、平成28年の調査でまだ22%に留まっており、5社に1社程度となっています。

クチコミというもので売上が伸びる可能性には期待するものの、炎上が起きたら怖いという恐怖心もその原因となっているようです。

 

会社発信のソーシャルメディアで、一度炎上が発生すると株価も打撃を受けるという例もあります。

それは、飛行機事故に匹敵するほどの影響ともされています。

さらに、ネット上では「火のないところに煙が立たない」というわけでもありません。

単なる誤解に過ぎないのに、思い込みで炎上してしまったという例も多数存在します。

このような危険があるのなら、近づかない方がマシというところも多いでしょう。

そのような「表現の萎縮」というものは確かにあるようです。

 

「炎上」と「クチコミ」に関して、一般に持たれる印象と実像とはかなり違う場合もあるようです。

ネット炎上というものは、多くの人々からの怒りが集中すると考える人も多いでしょうが、実際はごく少数の人間が関与している場合がほとんどです。

著者が調査したところ、「炎上」に一度でも書き込んだことがあるという人は、調査対象の1.1%しかいませんでした。

どうやら、現役の炎上参加者と言える人は0.7%程度と見積もられます。

 

「クチコミ」についても同じような傾向が見て取れます。

これも調査によると、一度もクチコミなどに書き込んだことが無い人が54%。

経験のある人でも、多くの人はせいぜい半年に1回といったもので、ごく少数の人が盛んに書き込んでいるというのが実情です。

 

したがって、こういった「ネット世論」というものは、社会の全体の意見傾向を反映しているとは言えません。

 

さらに、ネット世論は中庸の意見の人はあまり書き込もうとはしません。

極端な意見、ネガティブな意見というものを持っている人ほどネットに投稿しようという傾向が強く、そういった書き込み行動がネット世論を形作っています。

 

ネットで「炎上」に参加するのは、「バカなヒマ人」「社会的弱者」ではないかという見方もされますが、実際には「年収が高い」「主任・係長クラス以上」の方が多いようです。

ただし、主任・係長クラスの人が多数参加しているということではなく、やはり参加者はごく一部の人に限られているようです。

こういった人たちの「炎上」参加の動機は、よく言われるような「ストレス発散」であることは少なく、「正義感」から来ているようです。

「面白いから参加する」「ネットオタク」というイメージとは相当違いそうです。

 

ただし、よく調べないで誤解したまま批判投稿というのは、そういった人たちでも同様で、間違ったまま自分たちの正義感で突っ走ってしまうという例も多そうです。

 

巻末には「炎上対策マニュアル」というのもまとめられています。

企業の担当者などには参考になるかもしれません。

 

私もこのブログでかなり思い切った(と自分では思っている)批判などをしていますが、幸いこれまで炎上ということにはなっていません。

しかし、気をつけておかねばならないのは確かです。

 

炎上とクチコミの経済学

炎上とクチコミの経済学