かつて朝日新聞社から発行されていた「科学朝日」という雑誌があったのですが、そこで1970年代に連載されていたシリーズを単行本化したものです。
科学朝日はその後「サイアス」と名称変更したものの、売れ行き不調は止まらずに休刊となりました。
科学雑誌が根付かない日本の風潮も嘆かわしいものです。
さて、この本で取り上げられている「思い違いの科学」とは、昨今もはびこる「疑似科学」とか「トンデモ科学」といったものではなく、あくまでも正統派科学者たちが過去のある時期に信じていたものの、その後の研究の進展で否定されたというものを取り上げています。
たとえば、「生物はわいて出る」(自然発生説)とか、「交流の送電は危険」とか、「黄熱病の病原菌を見た」(野口英世)といったもので、その当時の科学レベルでは確定的なことが言えなかったものの、その後はパスツールによる自然発生説否定とか、交流発電の浸透といったことによりそれまでの通説が否定されるということはままあることのようです。
私の専門に近い分野の話では、「遺伝子はタンパク質である」という学説もあったようです。
1920年代に日本人の植物学者の藤井健太郎という人が唱えたようですが、染色体というものは確かに遺伝子の核酸も含まれているものの、大部分はタンパク質でできているために、そのような説も生まれる余地があったのでしょう。
実は、藤井さんも核酸も考慮したのは間違いないのですが、細胞分裂の各段階で核酸の量が変動するのが気になったようです。
そのような不安定なものが遺伝子であるはずはないと判断したのですが、実はそれは遺伝子の分裂と増殖というものの反映であり、もしもきちんと定量していれば気がついたかもしれないものでした。惜しいことをしたものです。
「水中で花粉が動く」というのも結構知られている話かもしれません。
ブラウン運動という、水中で微粒子が振動するという物理現象がありますが、これが一時「花粉が動く」と言われていたことがありました。
花粉の大きさは普通は30ミクロン以上であり、ブラウン運動でそのような物質が動くことはありえないことです。
しかし、ブラウンが発表した「花粉から出たデンプン粒のような微粒子が動いた」という報告を勘違いして「花粉が動く」と誤訳した日本人物理学者が多かったようです。
後から見れば、なぜ当時の人はこのような間違ったことを考えていたのだろうと思いがちですが、それは仕方のないことでしょう。
科学の進歩で誰もがその正解を知るようになったというだけのことです。
振り返って考えれば、現代科学でもそのような事例が無いとも言えません。
錚々たる科学者たちが唱えている学説も後の世から見れば「なんであんなことを皆信じていたのか」と言われることがあるのでしょう。
まあ、その候補をいくつか知っていますが、どれとは言いません。